有川浩『空の中』
いやあ、もうなんというか、もんのすごい小説です。
200X年、相次ぐ航空機事件を皮切りに、人類は驚くべき〈未知との遭遇〉を果たす。「それ」は思考し、成長し、変化し、行動する。地上で、空で、さまざまな思惑が交錯する中、辿りついた結末とは——。
有川浩(現筆名:有川ひろ)さんといえば、『図書館戦争』シリーズや『フリーター、家を買う。』『阪急電車』など、多くの有名作を書かれている方である。
その有川さんが、『塩の街 wish on my precious』でメディアワークス(現アスキー・メディアワークス)からデビューしたのち、2作目に執筆されたのが今回語る『空の中』だ。
初めて読んだのはたぶん中学生のころで、読み終えたあとにしばらく現実世界に戻れなかったのをよく覚えている。
物語は主に、ふたつの軸から構成される。
一つは、航空自衛官の父を持つ高校生・斉木瞬(さいきしゅん)と、その幼馴染の天野佳江(あまのかえ)、彼らを見守る「宮じい」こと宮田喜三郎(みやたきさぶろう)、そして瞬が拾った謎の生命体・フェイクを中心に描かれるパート。
もう一つは、突如として岐阜上空を覆った巨大な円盤——【白鯨】を巡る、航空機事故から唯一生還したパイロット・武田光稀(たけだみき)と、メーカー担当であり交渉人となってゆく春名高巳(はるなたかみ)が中心となるパートだ。
ふたつの物語はやがて交錯し、多くの人を巻き込むうねりとなっていく。長編だが、巧みなストーリーテリングと魅力的なキャラクターたちの会話劇で、読み進める手が止まらないこと間違いなしである。
好きなポイントがありすぎて、この連載の分量ではとても書ききれない。大学生くらいのころに再読していたら、絶対に長文でレポートという名の感想文をしたためていたに違いない。
青春ものであり、自衛隊ものであり、恋愛ものであり、SFであり……多種多様な魅力の詰め込まれたこの物語を、あえてカテゴライズするのも野暮というものだろう。
今回再読して思ったのは、【白鯨】にまつわる文章が、もはや神話のようだな、ということ。他にも、フラッシュアイディアだけれど、セカイ系と絡めて読んでみるのも面白そうだし、とにかく読んでいて心と頭が動かされまくる、最高のエンタテインメントだった。
そして、これは昔も今もまったく変わらない好きなポイントで、もちろん瞬くんたち高知の面々の、苦さとあたたかさも素敵なのだけれど、なんといってもやはり、春名高巳と武田光稀のふたりこそ至高なのである。
不器用で愚直だが根底に素直さと優しさ、そして気高さを持つ光稀。そんな彼女のかたくなな心に、いつのまにかするりと入り込み——いや、そっと寄り添っている高巳。
ふたりのやりとりのどれもが微笑ましく、じれったく、涙ぐましい。特に最後のシーンなど、思わず声を上げてガッツポーズをしてしまったほどだ。ふたりのいいところが全部詰まった、最高のシーンである。
特に高巳は、おこがましくも、もしこの作品がなんらかの形で映像や音声化されるならば、せめてなんとかしてオーディションは受けさせていただきたい。そう切望するくらい大好きなキャラクターだ。
また、巻末の「仁淀の神様」。文庫版にて新たに付け加えられた掌編だが、これがまた、沁みる。
ちょうど瞬くんくらいの年齢で初めて『空の中』を読み、いつのまにか高巳の年齢も飛び越えて、30代になった。「仁淀の神様」の瞬くん——いや、瞬と同じくらいの歳になった今だからこそ、噛み締めるように味わった。
若者から大人まで、多くの方にぜひ読んでいただきたい、大好きな一冊だ。