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斉藤壮馬の「ただいま、ゼロ年代。」第29回 安藤裕子『Middle Tempo Magic』

30代サブカル声優・斉藤壮馬が、10代のころに耽溺していたカルチャーについて偏愛的に語ります。

photo: Natsumi Kakuto(banner), Kenta Aminaka / styling: Yuuki Honda(banner) / hair&make: Shizuka Kimoto / text: Soma Saito

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安藤裕子『Middle Tempo Magic』

斉藤壮馬

その歌を耳にした瞬間、たちまち釘付けになった。

静かなピアノの調べに、独特の抑揚を持った歌声。ディーヴァというよりもっと素朴な雰囲気が、妙に心に残った。安藤裕子さんの「のうぜんかつら(リプライズ)」である。

もともと俳優として活動していた安藤さんは、徐々にそのフィールドを音楽へと移していく。そんな中、月桂冠のCMソングとして「のうぜんかつら」が採用されブレイク。以後、精力的に活動されている。

「のうぜんかつら」は、安藤さんのお祖母さまが書いた詩をもとに作られた曲だそうだ。オリジナルアレンジもリプライズも、どちらも素敵な味わいなので、ぜひ聴いていただきたい(『Merry Andrew』収録)。

斉藤壮馬

さて今回は、そんな彼女のメジャーデビュー1枚目のアルバム、『Middle Tempo Magic』について書いていこう。

2004年にリリースされたこのアルバムは、実に色彩豊かな印象を与える。おそらくシティポップをルーツに持つと思われる安藤さんの、多面的な魅力が詰まった一枚だ。

M1「ロマンチック」。軽やかなハンドクラップからの小気味いいドラム。そこに型にはまらない彼女の歌が乗り、楽器が足され、徐々に気分は高揚していく。サビの抜け感がたまらない。

かと思えばM2「悲しみにこんにちは」では一転、メロウなコードにやや詰め込み気味の歌詞が不思議な郷愁を誘う。個人的に、安藤さんはマイナーコードのはめどころが非常に巧みだと感じる。

そしてM3「サリー」。ポジティブに始まるのかと見せかけ、バンドイン後のコード感はどこか寂しげで、灰色の空の下、なんとはなしにふらついているようなイメージを想起させる。安藤さん一流の湿度のあるファルセットも必聴だ。

いきなり名曲で畳みかけられ、すでに安藤ワールドに惹き込まれてしまっている。編曲はすべて山本隆二さんで、各楽器の音色、配置の妙も味わい深い。

続くM4「BABY BABY BABY.」のやるせなくもどこかユーモラスなシャッフルビート、ジャジーかつ挑発的なムードのM5「黒い車」の流れも素敵だ。彼女の表現世界の幅広さをこれでもかと提示され、気づけば「次はどんな曲がやってくるだろう」と待ち構えている自分に気づく。

ぼくが一番好きなのはM7「水色の調べ」である。アルバム中ではもっともポップな曲調で、いかにもシティポップの王道といった雰囲気の曲だ。

テンションコードの用い方、さりげないコーラスワーク、サビのリズム解釈の変化など、飽きさせることなく、しかしめくるめくテンポで曲は進んでいく。

久しぶりに聴き直して思ったが、安藤さんの楽曲、特にコード、メロディ、アレンジワークに、無意識のうちにかなり影響を受けていたようだ。

そういえば、中学生のころ、安藤さんの曲を耳コピして、その美しいコード進行をなんとかものにできないかと苦心していたのを今思い出した。

ちなみに、安藤さんが2020年にリリースされた「衝撃」という楽曲には、文字通り衝撃を受けた。メロディ自体は美しいのだが、ものすごく挑戦的なアレンジがなされていて、じっくり細部を味わいたくなる。

自分ももっと自由な発想で曲を書いていいんだ、そう改めて思わせてくれたアルバムだった。

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