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斉藤壮馬の「ただいま、ゼロ年代。」第12回『千年女優』

30代サブカル声優・斉藤壮馬が、10代のころに耽溺していたカルチャーについて偏愛的に語ります。

photo: Natsumi Kakuto(banner),Kenta Aminaka / styling: Yuuki Honda(banner) / hair & make: Shizuka Kimoto / text: Soma Saito

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『千年女優』

声優・斉藤壮馬

今敏監督の作品が好きだ。初めて観たのは『PERFECT BLUE』だったか、『パプリカ』だったか、『妄想代理人』だったか。
写実的なタッチの絵柄、現実と虚構が混じり合う陶酔感のある映像美に、何度心を揺さぶられただろう。
中でも『東京ゴッドファーザーズ』がとりわけ大好きで、折に触れて観返している。年末年始に観るこの作品は格別だ。

しかしながら今回は、そのいずれでもなく、監督の最高傑作との呼び声も高い作品、『千年女優』について書くことにしよう。

現役を退いてから30年、一度たりともインタビューを受けなかった伝説的俳優・藤原千代子。
彼女のファンである立花源也は、奇跡的に取材の申し込みに成功する。
カメラマンの井田恭二と共に千代子の家を訪ね、取材を始める立花は、憧れの人に会えて喜びもひとしおだ。
そんな彼に千代子が語ったのは、ある一人の男性を追いつづけてきた、その半生だった……。

87分の、コンパクトな映画である。
ついさっき「書くことにしよう」と言っておきながらなんだが、この作品をテクストで語るのは、非常に困難だ。
もちろんあらすじを説明することはできる。だが、今監督一流のめくるめく映像表現を、その魅力を損なわずに解説することは難しい。
Netflix等でも配信されているので、少しでもピンときた方は、何はなくともまず観ていただきたい。

声優・斉藤壮馬

さて、無粋を承知で語ってみれば、これは愛にまつわる物語だといえるだろう。

千代子は女学生時代、逃走中の画家と出会い、恋をする。
彼を家に匿い、対話を重ねる日々だったが、ある日居所が突き止められてしまう。
画家は再び逃走し、千代子の元には彼が身につけていた鍵だけが残った。

画家の行き先である満州にどうしても行きたい千代子。

そんな折、女優となり、満州を舞台にした映画へ出演しないかと持ちかけられる。
もちろん彼女は飛びついて、一路満州へ向かう。
画家が残していった「一番大切なものを開ける鍵」を首から下げて。

画家——「鍵の君」を追いかける千代子の半生が、彼女の出演してきた映画と共に描かれていく様は、見事としか言いようがない。
レイヤーが目まぐるしく変わり、回想が幻想に、過去が現在にシームレスに接続される。
映画を題材にしている作品だが、これはまさしくアニメーションでしかなしえない表現だ。

この美しさを前にして、言葉なんて野暮なだけだろう。
視聴者はいつしか、受動的な鑑賞から、能動的な体験へといざなわれている自分に気づく。
千代子や立花らと一緒に、我々もまた長い旅をしているのだ。

また、音楽面の素晴らしさも見逃せない。平沢進さんによる楽曲の数々が、彩るというよりむしろ、作品を先導し引っ張ってゆく。

事実、今作は音楽を元にして想像を膨らませるという方法で作られていったそうだ。
だからだろう、音楽、映像、セリフ、物語が渾然一体となって、理屈ではなく感性に直接訴えかけてくる。それが実に気持ちいい。

二重の意味で、最高のトリップを味わわせてくれる『千年女優』。
ぜひ皆さまも、一緒に旅に出てみませんか。

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