行動経済学の始まりは、人間の“非合理”性
これまで私たちは、伝統的な経済学を使って人間の行動を理解しようとしてきました。それは“人間は常に合理的だ”という考え方に基づいています。人間がすべての情報を均等に処理し、すべての選択肢を正しく吟味して、自分にベストなものを選び、行動に移していると考えられてきたんですね。
でも当然ですが、そんなことは理想であって、実際はそうではない。人間の脳の情報処理の仕方には歪みやクセがあって、その時々の状況や感情によっても、常にベストな判断ができているわけではありません。従来の経済学と違い、行動経済学には“人間は合理的な判断のみで行動するわけではない”という考え方が根底にあります。
アメリカではここ10年ほどで様々なシーンでこの学問が話題になって、学べる場所も増えてきていますが、それ以前になぜ広まらなかったか。それは、何百種類もある行動の要因を覚えるだけの学習が主流であったからです。今でもあまり体系化されていないので、専門家でなければ行動経済学が応用できない。日本でもそうですね。そこで、専門家向けだけではなく、ビジネスパーソンのために、体系化のモデルとして私が本で紹介したのが、行動経済学の基本となる3つのトライアングルです。
人がついつい“非合理な意思決定”によって“行動”を起こしてしまうメカニズムには、大きく分けて「認知のクセ」「状況」「感情」という3つの要因があります。
例えばセールスプロモーションの現場でも、伝統的な経済学では、大袈裟な広告だと思うと人は騙されないとしてきましたが、人間には、聞き慣れている情報を間違いだと思っていても、そのうち信じてしまう「認知のクセ」がある。スーパーでの買い物も、一人だと一番安いものを買うのに、他人が近くにいるという「状況」だけで不思議と少し高級な方を選んでしまう。使った金額は同じなのに、キャッシュレスの方が現金より痛みが少ないという「感情」によって浪費をしたりする。
何らかの“非合理な意思決定”があった時、それが「認知のクセ」という脳の中の仕組みによって起こったのか、周囲の環境などの「状況」によるものか、それとも「感情」という心の動きが原因か、大きく分類することで、何百種類もある理論から探すのでなく、よりシステマティックに行動と要因を解くことができるようになったんですね。
私たちは何でも自分自身で合理的に考えて行動していると思っているけれども、実はそうではない。この“非合理な意思決定のメカニズム”が、3つの要因に支配されていると考えることこそが、行動経済学の本質です。ただ実際には「状況」によって「認知のクセ」が変わったり、「認知のクセ」に「感情」が影響を与えることもある。3つの要素は複雑に関わり合いながら、行動に影響を与えているケースがほとんどです。
いったん行動経済学を理解すると、今まで見えていなかったことが見えてくるようになります。なぜ、この商品を買ってしまったのか、それは夜だから脳が疲れていたんだな、とか、陳列やパッケージに釣られてしまっていたのか、とか。
自分の行動の理由がわかると、次にそうなりそうになった時に立ち止まって対処することができるようになり、浪費も防げます。また、ビジネスをする側としては、消費を促すためにどうすべきか。顧客に面倒と思わせず、購入までの意思決定を簡単にしてあげるためにどんな理論が利用できるか。ワンクリックで買い物ができるなんて考えられなかった昔、行動経済学のセオリーとして終わってしまったことが、テクノロジーの進化も伴って様々な分野で活用されています。
みなさんも自分の消費行動の“なぜ”を振り返りながら、ビジネスシーンでも役立ててみてください。
CASE-1 新刊本を並べた書店の書棚
新刊の発売日。棚にずらっと横向きに本が並べられているが……
CASE-2 家電量販店のキャンペーンコーナー
イチオシの洗濯機、掃除機などを1つずつ並べているが……
CASE-3 百貨店のバッグ売り場
高級品をお店の一番奥まった場所に置いているが……
CASE-4 セール中のオンラインショップ
色彩豊かな配色、目を引くセール情報。情報てんこ盛りのサイトだが……
CASE-5 品揃え豊富なワインショップ
棚一面に並ぶワイン。値段がわかりやすく表記されているが……