生きた人間を映すために
『ぐるりのこと。』のリリー・フランキーさんや『恋人たち』の篠原篤さんなど、当時演技経験が少なくても橋口亮輔監督の手にかかると絶賛され、俳優賞を受賞。最新作『お母さんが一緒』では主演の江口のりこさんを筆頭に、ネルソンズの青山フォール勝ちさんも物語の人物そのものに見えた。
俳優を輝かせる演出法を尋ねると「特に何もしてないんですよ」と微笑む。「演出の一番の仕事って、こういうものが撮りたい、ここに辿り着きたいと向かう方向を明快に示すことなのかなと今回思いました」
人生の実感が手のひらに乗るような物語を。
『お母さんが一緒』はペヤンヌマキさんの舞台を脚色・監督した橋口亮輔監督の9年ぶりの長編映画。
「『恋人たち』の後に複数の企画を同時進行で進めていたのですが、オリジナル脚本でどうしても時間がかかってしまって。見かねたプロデューサーがドラマを作りませんかと声をかけてくれたんです」
そこから向田邦子のエッセイのような手触りのものにしたいと考えた。「何でもない日常の出来事から始まり、クスリと笑いながら、自分の家族や仕事について思いを重ね、また日常に戻っていく。人生の実感のようなものが手のひらに乗る感覚。決してヘビーではなく、ある種の軽さがあるものにしたいと思いました」
母の誕生日祝いに温泉旅行に連れていく3姉妹。ネガティブな母に翻弄され、おのおのの抱える思いが爆発する。長女の弥生には江口のりこさんが適役と思い、ダメもとでオファーしたところ、橋口監督ならと快諾され、映画化にまで話が広がった。「弥生も口うるさいだけの、物語を回すジョーカーのような役ではなく、きちんと生きた人間にしたかったんです」
現場で江口さんに話したという、監督が街で見かけた人々のエピソードを取材の場でも披露してくれた。それらは監督の鋭い観察眼と人に対する深い愛情が感じられ、短編映画を見せられたような感覚になった。
「直接、物語には関係ないけれど、弥生もこんな感じだったのかもしれないねと、四方山(よもやま)話のように話していました。役者をするような豊かな感受性を持つ方ならば、細かく具体的な指示をしなくても、彼らの心を揺り動かせば、何かを摑(つか)んでくださるはずなんですよね」
これまでは、病やトラブルなど、自らに降りかかった出来事を作品内で昇華するかのように「全体重をかけて」映画を作ってきた橋口監督。
「本作は僕の中に何か根拠があって生まれた作品ではないので、自分の力を出せるだろうかという不安はありました。でも、今回はうまくいったので、新たな展望が見えた気がします。人生短いので、もっとたくさん作品を作りたいです!」