『こちらあみ子』に続く長編2作目は、1人から2人へ
2022年に公開され各所で絶賛を浴びた長編デビュー作『こちらあみ子』は、あみ子役に大沢一菜という逸材を得て、今村夏子の同名小説を見事に映像化した、相米慎二の『お引越し』の系譜に連なる子供映画の傑作となった。
その森井監督の待望の新作『ルート29』は、中尾太一の詩集『ルート29、解放』から着想され脚本が書かれたオリジナルストーリーだ。「2作目は孫(家邦)さんというプロデューサーと映画を撮りたいと思っていて、孫さんが提案してくれたのがその詩集だったんです」
ルート29とは、兵庫・姫路と鳥取を結ぶ国道29号のこと。鳥取で清掃員として働くのり子が、仕事で訪れた病院の入院患者のある女性からの依頼を受け、姫路に住む彼女の娘のハルを連れて、国道29号を鳥取へと戻ってくる道中で起こる不思議な出来事を描いたロードムービーになっている。
「前作は、あみ子という、だんだん周りから孤立して、ひとりぼっちになっていく女の子の話で、いわば“1”という数字のイメージがあったんですが、次は単純ながら“2”でいこうかと。そして、その2人の周りに広がっている世界をポリフォニー的に表現しようと思って。その複数のザワザワした感覚が、まさに中尾さんの詩集にあったんです」
2人によるロードムービーといえば、『テルマ&ルイーズ』のような作品を思い浮かべる人もいるかと思うが、『ルート29』は全くそういう映画ではない。
「バディもののように、どっちかがしっかりしていて、どっちかがぼんやりしててというような、補い合う関係みたいにはしたくなくて。“2”と言っても、“1”と“1”のような感覚で作りたいなと。それぞれにそれぞれの宇宙があって、その宇宙同士が、旅の途中でふと共鳴する瞬間があるということを、一番大事に描きたいなと思っていました。今回、Bialystocksさんが主題歌を書き下ろしてくれたんですが、『Mirror』というタイトルもそのへんを汲み取ってくれたのかなと」
その2人を演じたのは、まずハルが前作に引き続いて大沢一菜。そして、のり子を綾瀬はるかが演じているのも話題だ。
「綾瀬さんは、相手は子供だからと、変に仲良くしようねみたいな歩み寄りはしない人なんですね。個としての人間として、ポツンとそこにいてくれるというか。それでも、時間が経ってくると2人の間に生まれてくるものもあるので、それが物語のうえでの2人の共鳴に至る流れとリンクしていってくれたらいいなとは思っていました」
この映画は、精神科の病棟にいるハルの母が自分には死期が迫っていると語るように、どこか死の気配が漂っているようにも見える。そのせいか、2人が道中出会う不思議な人々の中には、生きているのか死んでいるのかわからないような人も出てくるのだが。
「カメラマンとも話したのですが、子供の時、西洋の児童文学とかの挿絵を、本棚の奥から取り出して開いて見た時のあの不気味さみたいなものをすごくやりたくて。あの不気味さって、どこか自分が生まれる前の根源に触れているような感覚があるんです。これから死んでしまうかもという怖さではなく、生まれる前の方向にベクトルが向いた時に感じるような怖さ。そうすると、やっぱり生きていることと死んでいることが混ざっている世界を描くのが、割とその感覚に近いのかなと思いながら作ったんです」
前作は、音楽を青葉市子が担当していたが、今回主題歌だけでなく、劇伴もBialystocksが手がけたのは、そのこととも無縁ではないようだ。
「ビアリーのメンバーで、映画監督でもある甫木元(空)さんの撮った『はだかのゆめ』を観たら、それこそ彼岸と此岸がひっくり返っているような世界を描いていたんです。死の感覚をそのまま画面に定着できているってすごいなと思い、それでお力をお借りしようとビアリーにお願いしました」
2人は途中で車を盗まれ、様々な迂回をしながら鳥取へと向かうのだが、果たして、ハルの母親に会えるのだろうか。また、2人が旅路の果てに辿り着いた場所とは。そして、2人が最後に目にするものとは……。
前作同様、音響にもこだわり抜いたこの映画。ぜひスクリーンでご覧になることをお勧めしたい。