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山下達郎が語る、ロジャー・ニコルス。日本で“ロジャニコ”現象を巻き起こした天才作曲家

毎週日曜日の午後2時、『山下達郎のサンデー・ソングブック』では、リズム&ブルース、ジャズ、ドゥーワップ、ロックンロール、昭和歌謡などジャンルの垣根を越え、"Oldies but Goodies、古いけど良い曲"を紹介している。今回、1,300回を超える放送の中から達郎さんが少年時代より聴き込み、思い入れのある音楽について語り尽くします。達郎さんのお話をさらに理解するためにアーティストの人物像、音楽の歴史背景など、ひとつかみ解説も。解説を担当した大和田俊之・佐藤豊和は、ともにアメリカ音楽史に精通し、達郎さんのフォロワーを数多く擁する慶應義塾大学のバンドサークルKeio Real McCoys出身。

Photo: Norio Kidera / Hair & Make: COCO / Text: Ryo Hasumi, Saki Miyahara, Miki Miyahara / Special Thanks: Fumihiko Shimamura, Hiroya Watanabe

日本で“ロジャニコ”現象を
巻き起こした天才作曲家

ロジャー・ニコルスは母がクラシックのピアニストである関係上、40年生まれのロックンロール感覚よりは、若干古い感じのティン・パン・アレーの作家(①)に影響を受けて育ちます。全作品が100曲にも満たない作曲家ですが、この人は文字通りの天才と言っていい、素晴らしいメロディを書く人です。60年代の末期から70年の頭、非常に短い活動期間でしたが、珠玉の名曲をたくさん残しています。

初期の作品の中の1967年の「Always You」という一曲。リンダ・ボールという女性シンガーが出したシングルで、ロジャー・ニコルス自身がプロデュースしているんですが、僕はボーンズ・ハウがプロデュースしたザ・サンダウナーズという6人組のボーカルインストゥルメンタルグループのバージョンが一番好きです。

ザ・サンダウナーズ「A l w a y s Y ou」

ザ・サンダウナーズ「Always You」(1967年)

美しいコーラスワークとストリングスが印象的な一曲。

アルバムでは、メンバーのプロデュースになっているんですが、シングルバージョンはなぜか、後にフィフス・ディメンションを手がけるエンジニアのボーンズ・ハウ(②)のプロデュースクレジットになっております。

コーラスアレンジが、アソシエイションやフィフス・ディメンション、モロですので、かなりボーンズ・ハウが口を出しているんでしょう。このほかにアメリカン・ブリードもカバーをしています。作詞をしていますのがトニー・アッシャー。この時代はトニー・アッシャーとロジャー・ニコルスというコンビで何曲か曲が生まれています。

マレイ&メリンダ・マクレオドという兄妹の男性と女性と3人で、ロジャー・ニコルス・トリオという名前で活動していましたが、ロジャー・ニコルス&ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズというグループ名になり、A&Mからアルバムを出します。

これが80年代に日本で爆発的に人気が出ます。この“ロジャニコ現象”と言いましょうか、渋谷系といわれる人たちに一大ブームを巻き起こしました(③)。1968年のアルバムから1曲目「Don't Take Your Time」。

ロジャー・ニコルス&ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズ「Don't Take Your Time」

ロジャー・ニコルス&ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズ「Don't Take Your Time」(1968年)

なんとこの曲はデモテープだそうです。それにプロデューサーのトミー・リプーマ(④)がストリングスを入れて作ったということです。

1967年に名前を変えて何枚かシングルを出し、アルバムも出しましたが、当時は鳴かず飛ばずでした。そんな時紹介されたのが、ポール・ウィリアムズ(⑤)。彼はロジャー・ニコルスより一足先にアーヴィン・アルモという出版社にライターとして契約していた俳優です。

『猿の惑星』などに出ていましたが、俳優を辞めてソングライターの道を始めた矢先でした。2人はほとんど誕生日が違わない、同じ年生まれということもあり気が合い、曲を書くようになります。何曲もレコード化されますが、なかなかヒットが出ません。そんな時代の、ポール・ウィリアムズ、ロジャー・ニコルスの珠玉の名曲の一曲であります。

1969年の春にシングルカットされましたロジャー・ニコルス&ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズの「The Drifter」。67〜69年のロジャー・ニコルスとポール・ウィリアムズの作品、いい曲がたくさんあります(⑥)

ロジャー・ニコルス&ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズ「The Drifter」

ロジャー・ニコルス&ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズ「The Drifter」(1969年)

1970年近辺にロジャー・ニコルスとポール・ウィリアムズが銀行のCMを手がけます。CMができた時はまだ部分的にしか作っていなかったものを、後でフルバージョンに仕上げることになります。CMを聴いて、いい曲だなと思ったのが、カーペンターズのリチャード・カーペンター。

偶然にもA&Mの契約ライターだったので、レコーディングをしたところ、その年最も売れた曲の一曲となりました。これでポール・ウィリアムズ、ロジャー・ニコルスはぐっと知名度が上がります。彼らの記念碑的な作品。皆さまよくご存じのザ・カーペンターズ、1970年のミリオンセラー、「We've Only Just Begun」(⑦)

ザ・カーペンターズ「We've Only Just Begun」

ザ・カーペンターズ「We've Only Just Begun」(1970年)

結婚生活を始めるカップルの気持ちを歌った。

現在まで200以上のカバーバージョンがあると伝えられています。いわゆるスタンダードナンバーの極致。スリー・ドッグ・ナイトの「Out in the Country」とこの曲の立て続けのヒットから、このソングライターチームは一躍脚光を浴び、これ以後多くの人がニコルス=ウィリアムズ作品を取り上げていくことになります。

カーペンターズもこのヒットに気を良くして、その後も良い曲があったらくれと、しばしば彼らの曲を取り上げました。(2007年4月22日OA)

ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズのアルバムの中に入っている「I Can See Only You」。この曲はまだポール・ウィリアムズと組む前の作品で、共作しているのはスチュアート・マーゴリンという『ロックフォードの事件メモ』に出ている俳優です。

そしてウェストコーストの、この当時A&Mの周辺で作品を書いていたフレッド・ロバーツという人と、3人で共作した一曲。この曲はアル・マルティーノ(⑧)が1968年に『Wake Up to Me Gentle』の中で取り上げております。アレンジをしているのはテレビショーやテレビコマーシャルを手がけているジョン・アンドリュース・タータグリアという人で、ロジャー・ニコルスとは縁があります。

「The Drifter」のアレンジに関わっていました。ちょっとアバンギャルドなアレンジの風味がとてもこの曲に合っております。プロデューサーがボイル・ギルモアという、ちょっと面白いラインナップでございます。アル・マルティーノ「ICan See Only You」。

アル・マルティーノ「I Can See Only You」

アル・マルティーノ「I Can See Only You」(1968年)/『Wake Up to Me Gentle』収録。

ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズのバージョンと似ているようで、ちょっと違う。アレンジが変わると随分テイストも変わるものです。

ロジャー・ニコルスの作品は、こういうメロディのきれいな優しい曲が多いので、ロックンロールというより、アル・マルティーノのような典型的なボーカリスト、ミドル・オブ・ザ・ロードのミュージシャンに圧倒的に支持されて今日まできておりますが、日本の場合にはそれがちょっと違う形で広まりました。

ちょっと認識が変わっているところがあるかもしれません。例えば日本で、ローラ・ニーロはシンガーソングライターですが、アメリカではソングライターとしての方が、圧倒的に認知度が高い。そういう地域差があります。

ポール・ウィリアムズもワーナーで何枚かアルバムを出しました。全く鳴かず飛ばずでしたが、A&Mに移り、アルバムを何枚か出し、評価がどんどん上がるようになりました。それと同時に自作のソロの作品もだんだん充実してきます。なんといっても71年に出しましたファーストアルバム『Just an Old Fashioned Love Song』。

これは、本当によく聴いたアルバムです。ドラム、ベース、ギター、キーボードっていう4リズムで歌が入ってレコーディングされている、非常にシンプルなオケなんです。リーランド・スクラーのベース、ラス・カンケルのドラム、クレイグ・ダーギーのキーボード、そしてデヴィッド・スピノザのギターという、この人たちのあまりのうまさに、今聴いてもただ、唖然とするアルバムです。

この中からニコルス=ウィリアムズの中の代表曲の一曲で「Let Me Be the One」。カーペンターズをはじめ、たくさんの人が取り上げてる曲ですが、個人的にはこのポール・ウィリアムズのバージョンがナンバーワンだと思います。
カーペンターズはじめポール・アンカ、グレン・キャンベル、アン・マリー、ヴィッキー・カー、ペトラ・クラーク、ジャック・ジョーンズほか、数多くのカバーがあります。(2007年4月29日OA)

ポール・ウィリアムズ「Let Me Be the One」

ポール・ウィリアムズ「Let Me Be the One」(1971年)/『Just an Old Fashioned Love Song』収録。

ロジャー・ニコルスは60年代の終わりから曲を書き始め、70年前後で全盛期を迎えました。当初のロックンロールの音楽とちょっと趣を異にします。どちらかというとミドル・オブ・ザ・ロード、一時代前のソングライターの傾向が強い人です。

例えばラスヴェガスのショーで歌うようなクラブシンガー、そういう部類のアダルトシンガーです。大人のボーカリスト、ジャズボーカルにも近いような。ロジャー・ニコルスの曲を積極的に取り上げたのはそういう人たちがすごく多かったのです。

でも、ベトナム戦争が激しくなってきて、ものみなロックの時代になってまいりまして、こうしたシンガーはもうヒット曲も全く出なくなってしまいました。しかし彼らが取り上げたロジャー・ニコルスの作品にはすごくいいバージョンが多い。ちょうどこういう季節にぴったりな感じです。

例えばイーディ・ゴーメ。旦那さんのスティーヴ・ローレンスと一緒に60年代を代表するミドル・オブ・ザ・ロード・シンガーです。彼女の1971年MGMレコードからリリース、『It Was a Good Time』というアルバムのA面の1曲目に収められているのが、ポール・ウィリアムズ、ロジャー・ニコルス・コンビの力作。プロデュース・アンド・アレンジにドン・コスタ、「Somebody Waiting」。

いかにもロジャー・ニコルスらしい流麗なメロディ。エンゲルベルト・フンパーディンクのレコーディングもありますが、こちらの方が全然素晴らしい出来です。

イーディ・ゴーメ「Somebody Waiting」

イーディ・ゴーメ「Somebody Waiting」(1971年)/『It Was a Good Time』収録。

日本人でロジャー・ニコルスを取り上げてる人が、何人かいらっしゃいます。うちの奥さんも1曲、日本語にして歌っております(⑨)。森山良子さんが1973年にロンドンでお作りになった『In London』というアルバム。

この中に、ヴィッキー・カーが歌っていた「Have You Heard the News」と「Some Things Never Change」、2曲ロジャー・ニコルスの曲を取り上げています。「Some Things Never Change」はカーペンターズの作詞をしていたジョン・ベティスとのコンビで書かれた曲で、いい曲です。

綺麗なメロディとコードプログレッション。素直なメロディラインとコード進行ですね。(2007年5月6日OA)

森山良子「Some Things Never Change」

森山良子「Some Things Never Change」(1973年)

ロンドンに渡って録音した意欲作のアルバム『In London』収録。