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「今欲しいのは刺激より安心」。がむしゃらの先にあった、伊藤万理華の現在地

はつらつとしながら儚(はかな)い声と、たくましさと繊細さが同居した体で、観る者の目を引きつける俳優・伊藤万理華。映画やドラマで存在感を放つ彼女は、演劇でもスペシャルな魅力を見せる。この初夏、彼女が主演するのはSFコメディ演劇『リプリー、あいにくの宇宙ね』。稽古の合間を縫って雨空の下、撮影に応じてくれた、伊藤万理華の今を聞く。

photo: Haruka Watarai / text: Kazuaki Asato

舞台では初タッグとなる作・演出のヨーロッパ企画・上田誠は、脚本について「いつわりなく、全ページ伝説にする気持ちで書きました」と語る。本作はあらゆるSF作品をサンプリングした、宇宙船が舞台の喜劇。類い稀な表現力でクリエイターたちの創作意欲を搔(か)き立ててきた伊藤が、伝説を創るパートナーに抜擢された。

「子供の頃から映画好きの家族と『バック・トゥ・ザ・フューチャー』や『サンダーバード』を観て育ってきたので、SF作品は好きです。上田さんとはSFラブコメドラマ『時をかけるな、恋人たち』でご一緒しましたが、そのときも波長が近いなと思っていて。上田さんの創り出す、日常が一瞬で非日常になる世界観に携わることができて嬉しいです」

伊藤と上田が初めてタッグを組んだドラマ『時をかけるな、恋人たち』。

「今回は小道具が多く、手作り感も楽しくって。エイリアンに襲われるシーンでは、自ら小道具の人形を糸で引っ張りながら演じます(笑)。いい大人が全力でふざけていて、童心に返ることができる作品だと思うので、お客さんも日常を忘れて楽しめるはずです」

本作では伊藤の“ポエトリーぼやきラップ”が炸裂する。澄んでいて芯があり、独特の抑揚とリズムを持つその声について「グループ(乃木坂46)在籍時から歌や声を褒めていただくことはありましたが、“この声のどこがいいの?”と徹底的に思っていて」と話す。

「でも自己分析したとき、この声の“揺らぎ”は特徴なんだなと気づきました。不安定な揺らぎも作品や共演者、スタッフの方々と調和できれば、突破する瞬間がたしかにある。私の声に魅力があるとしたら、それは周りのみなさんが引き出してくださったおかげ。この声はもう変えられないので、今は誰か一人にでもハマればいいなと思えるようになりました」

自身の写真集でスタイリングを手がけ、個展も開催し、クリエイティブな才能も発揮してきた伊藤。映像作品や演劇のディレクションに関心はあるか?と問うと、すぐに首を横に振った。

「私は一つのことに集中することができず、あれこれやりたくなってしまうタイプなので、監督のようなお仕事はできない気がします。また、30歳を目前にして“自分の思いを表現したい!”という自我は落ち着きました。これまでやってきた爆発的な表現は、若かったからできたんだなって。今は刺激を求めるより、安心していたいです(笑)。

こう思えるようになったのは、これまでがむしゃらにやってきて、尊敬できるクリエイターの方や友達と出会えたから。企画を立てるのは好きでプロデュースには興味があるので、そのためにも今は、目の前のお仕事を一生懸命頑張る時間です」

伊藤万理華、29歳。自我を手なずけ、しなやかさを増した彼女は、何度目かの始まりにいた。

傘を持った伊藤万理華