案内人・小笠原鳥類
ゲスト・蜂飼 耳
詩が自由になり、多様性と共存の世代へ。互いに似た部分がない、人間性に依拠した複雑な詩の時代へ
小笠原鳥類
前回は大きく分けて2つのポイントを軸にゼロ年代の現代詩を考えました。一つはインターネットです。広く一般に使われるようになり、それまで日記や手帳に綴られていたような「心のなかの隠れた言葉」が外に飛び出すようになりました。読んでいると、いい言葉がたくさんあるんです。そんななかで詩人は、どのように特別な詩を書いたのだろうと。
蜂飼 耳
ネットで書かれた言葉を含む詩集としては、最果タヒさんに限らず、近年でも例えばユリイカの新人に選ばれた岩倉文也さんなども思い出します。一方で、詩を作品化の意識で捉える場合、単に心の叫びみたいなものを羅列するだけだと、作品としての持続は難しいのではないでしょうか。
小笠原
今回対談をするにあたって考えたのですが、蜂飼さんは大学院で『古事記』『風土記』などを研究されていましたよね。たくさん勉強し、自身の栄養として詩に混ぜ込んでいく。そうして一面的でない言葉を生む詩人が増えてきたと言えませんか?
蜂飼
学ぶということに関して言えば、小笠原さんはフランス文学がベースにありますよね。ほかにゼロ年代に登場した詩人を挙げれば、水無田気流さんは社会学、杉本真維子さんは哲学、三角みづ紀さんは大学で映像などを専門にされていました。詩史を振り返れば、1882(明治15)年に出版された日本近代詩の出発点のアンソロジー『新体詩抄』【A】には「社会学の原理に題す」という作品やシェイクスピアの戯曲『ハムレット』のセリフなども収録されています。広く目配りしようとすることを、近代詩の系譜の延長線上で捉えることは可能かもしれません。ただ、知識的なものはあくまでも一要素でしょう。経験なども含め、その人の全体が混ざった、多層的な詩が増えた傾向はゼロ年代的と言えそうです。
小笠原
心の叫びが複雑化したということは現在にも通じる、いわば21世紀的な傾向のように感じます。インターネットとともに前回取り上げたのは『現代詩手帖』でした。1990年代のそれは、私にとって怖いけれど認められたい、と思わせる雑誌でした。ゼロ年代に入ると徐々にその雰囲気が薄れていったように感じているんです。
蜂飼
ごく単純に言えば、当時は全共闘世代、団塊の世代およびその後続の論者がまだ最前線で活発に活動していた時代。何にせよ、まず批判することが当たり前で、それが批評でもあり、対象と真剣に取り組んでいることの証明ですらあったと思います。
小笠原
そうした、ある枠組みの中にないものを認めない、狭い批評と詩には、疑問がありました。
蜂飼
批評をめぐる問題意識はゼロ年代前後から詩作に取り組み始めた書き手たちにはそれなりに共有されていたと思います。ゼロ年代には、多様な詩風を持つ詩人が次々に現れました。逆から考えてみると、90年代的枠組みがほどけて多様な存在の出現を許した時代とも言えるのではないでしょうか。似たところがないことが共通している、と言ってもいいくらい詩風はバラエティに富んでいたと思います。それは必ずしもテーマやモチーフといった意味にとどまらず、例えば、詩の形態に意識的な詩人も登場しましたね。詩を図像として、意味ではなく形で捉えるのです。時代を遡れば前衛詩運動の流れで60年代にコンクリート・ポエトリー(具体詩)を新国誠一【B】が展開した例などありますが、そうした過去からの継承もゼロ年代に要素として見て取れるかと思います。
小笠原
かつて私の詩を「詩ではない」といったふうに書いた方がいました。振り返れば、それほどまでに枠がなくなったのだとも言えますね。
蜂飼
多様であると同時に、詩人同士は互いに関心を持ち、意識し合っていたとは思います。少なくとも私はそうでした。端的に言って多様性と共存の世代ですね。いろいろな存在があってこそ互いに生かされるのです。まるで小笠原さんが書く詩の世界みたい。
小笠原
ゼロ年代以後の現代詩はどのように感じていらっしゃいますか?
蜂飼
詩と小説、短歌や俳句、エッセイなど、ジャンルの垣根がより低くなり、近づいているように感じます。堀田季何さんや佐藤文香さんら、詩歌のジャンルのなかで境界を越えて活躍する作者も増えていますよね。
小笠原
主に詩を学ぶ学生のための詩誌『インカレポエトリ』【C】で活動し、詩集『ヒトノマ』を発表した田村奏天さんは、俳句も短歌も。
蜂飼
『インカレポエトリ』はしばらく前に紙媒体を終了してウェブに移行しました。ネットだけなら個人でもできるからモチベーションが保ちにくい、と打ち明ける参加者もいて。インターネット黎明期のなんでもできるかも、という明るさみたいなものは、現代では変化し、捉え方が変わったのだなと感じましたね。
小笠原
今、出版社が詩集の出版に意欲的になっていると感じています。思潮社【D】や七月堂などの創業50年超の老舗出版社はもちろん、ゼロ年代に設立した書肆侃侃房、ナナロク社、左右社、近年スタートしたライトバース出版なども精力的に活動しています。ぜひ一緒に盛り上げていきたいですね。