詩人・小笠原鳥類が案内する、ゼロ年代「現代詩」の歴史

「雑誌や詩集にあるような詩も、ウェブで横書きになっていればブログと同じだ」とは、かつて、詩人・小笠原鳥類さんが言われたという言葉。詩とインターネットの間には非常に深い関わりがあったことを示している。当時の状況を教えてもらった。

text & edit: Ryota Mukai

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案内人・小笠原鳥類

ネットでは出会えない「心」の言葉とは?詩壇が穏やかな時代に新しい書き方を生んだ詩人たちの肖像

インターネットの普及と関連して生まれた詩が、ゼロ年代的な現代詩と言えるでしょう。2000年前後には独自のテキストサイトなどで「ネット詩人」たちがいて、アイドル的な人もいました。次第にブログやSNSで気軽に「気持ち」を表現する言葉が公開できるようにもなりました。07年に発売した『ブルータス』「言葉の力」特集【A】には、「ぬるいブログ」よりも「現代詩の力」だ、という一節があります。

かつては手帳や日記に書きつけられた「心」の言葉、隠れた言葉がありました。あまり他人は読めず、時にスキャンダラスでもあって、特別な「詩」のようでした。歴史を振り返れば、中原中也のような言葉でしょう。しかし、インターネットが広く使われるようになり、隠れていた言葉が当たり前に外に出たことで「心」の言葉が特別ではなくなりました。特別な「詩」である言葉はどのように可能になるのか? この問いに、独自の回答を提出した詩人がゼロ年代的だと思うのです。

象徴的な詩人の一人は、最果タヒ【B】さん。ゼロ年代にデビューし、10年代には詩集が映画化されるなど、現代詩というジャンルを飛び越えた存在になりました。その作品は生活感覚に近い言葉を滑らかに使いながらも、したたかに組み立てられていると感じます。『死んでしまう系のぼくらに』など、記憶に残る題名の言葉も少なくありません。その意味では、文月悠光【C】さんの『適切な世界の適切ならざる私』も外せません。ゼロ年代の詩の言葉のなかでも特に広く知られたものの一つだと思います。

新しい書き方を生み出すのは当然難しいことです。そもそも現代詩はどこまでも堕(お)ちていくことができるものだと思っています。短歌や俳句は形式やルールが質を支えてくれそうですが、現代詩は「形」よりも「心」が大切であるようで、いつでも一人の、不安定な言葉です。

そんな詩の世界を支えようとする存在に『現代詩手帖』【D】があります。この雑誌もゼロ年代に緩やかに変化したと感じています。1990年代は一言で言えば「怖い雑誌」でした。詩作もする批評家が、本気で、時には罵倒する勢いで詩を論じました。怖いけれど認められたい、と思わせるものだったのです。その怖さはゼロ年代に入る頃から徐々に感じられなくなってきました。その背景には、90年代までの論者が減ってきたことや、人を傷つけるような批評はよくないという雰囲気が当たり前になってきたことなどがあるでしょう。そうしたある種の緩い空気感のなかで、穏やかな詩が注目されるようになります。象徴的な存在は蜂飼耳【E】さん。

自身の感情をコントロールしつつ、いかに読者を楽しませるかを意識的に考え、詩作をされていると感じます。また、和合亮一さんは非常に多作な詩人として知られる一方で、強烈だけど怖くない批評家でもあります。こうした雰囲気は、後の最果さんや文月さんの登場にも繋がっているはずです。一方では、行替えせず文字を詰め込んだ佐藤勇介さんの『水兵リーベぼくの船』や、言葉が飛び散る外山功雄さんの『ODEXVAG』など、アバンギャルドで、本気で楽しい詩も登場しました。このようなものも、多くの人に読まれてほしいです。

吉本隆明さんは『現代詩手帖』2007年10月号で、若い詩人たちを否定して「つまらない」とか、ペンネームがダメだと書きました。本当は、ゼロ年代には素晴らしい詩人がたくさんいるし、現代詩というジャンル全体で面白くなろうとした時代だったと思います。でも、もっと面白いものを。音楽や映画など、ほかに面白いことはいくらでもありますから。その点、私が投稿詩を選んだ20年代の詩は、より面白くなってきていると感じています。当時まかれた種が実を結ぼうとしているのかもしれません。

2000

蜂飼耳が第1詩集『いまにもうるおっていく陣地』で第5回中原中也賞を受賞。
脳神経内科医の駒ヶ嶺朋子が、駒ヶ嶺朋乎名義で第38回現代詩手帖賞を受賞。22年に新書『死の医学』を発売。詩人の「脳神経機構」について論じた。

2002

杉本真維子が第40回現代詩手帖賞を受賞。翌年、第1詩集『点火期』を発売。

2003

はてなダイアリー、Seesaa Blog、livedoor Blogなどのブログサービスがスタート。
水無田気流が第41回現代詩手帖賞を受賞。05年に発売した第1詩集『音速平和 sonic peace』で第11回中原中也賞を受賞。

2004

三角みづ紀が第42回現代詩手帖賞を受賞。同年、第1詩集『オウバアキル』を発売し、本作で第10回中原中也賞を受賞。

2005

詩集『ODEXVAG』(著/外山功雄)発売。
集英社文庫版『谷川俊太郎詩選集』(編/田原)が3巻まで刊行。

2006

最果タヒが第44回現代詩手帖賞を受賞。翌年、第1詩集『グッドモーニング』を発売。本作で第13回中原中也賞を受賞。
思潮社が創立50周年を記念して、ゼロ年代に登場した詩人たちによる書き下ろし詩集シリーズ「新しい詩人」を刊行開始。第1弾として『テレビ』(著/小笠原鳥類)など3作が発売。
中尾太一が思潮社50周年記念現代詩新人賞を受賞。翌年、第1詩集『数式に物語を代入しながら何も言わなくなったFに、掲げる詩集』を発売。

2007

詩集『水兵リーベぼくの船』(著/佐藤勇介)発売。
ブルータス「言葉の力」特集発売。

2008

4月、Twitter(現X)の日本語版がリリース。
文月悠光が第46回現代詩手帖賞を受賞。翌年、第1詩集『適切な世界の適切ならざる私』を発売。本作で第15回中原中也賞、第19回丸山豊記念現代詩賞を受賞。

2009

『現代詩手帖』4月号の「ゼロ年代詩のゆくえ」特集、9月号の「現代詩の前線 ゼロ年代の詩人たち」特集がそれぞれ発売。

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