「スローパフューマリー」の哲学を、新たな空間で発信
代官山店といえばブランド初の海外店舗でもあり、〈LE LABO〉のフィロソフィー「スローパフューマリー」を東京の町を通じて日本に伝えた発信地。
コンクリートとガラスと無垢の杉材による新たな店内は、自然光が差し込む2フロア構成だ。定番のフレグランスを中心とした1階にはラボエリアがあり、注文を受けた香りを手作業で調合する工程をガラス越しに眺められる。いっぽう2階に並ぶのは、ボディケアやグルーミングアイテムの数々。シンクでハンドソープやスキンケアアイテムを試すことができるのも嬉しい。

そんな代官山店をいちはやく体験したのが芸人で作家の又吉直樹さん。クリアで澄んだ空気が流れる店内に入って「気持ちいい空間ですね」とひとこと。「普段、フレグランスをつける機会は少ないんです。ただ、香りは結構大切にしていて、家ではお香を焚いたり花を飾ったり、あと、ヒノキのチップを入れた小さな袋を寝る前に嗅いで安心したりもしています。お店でも友人の家でも“ここ、居心地いいなあ”と思うときは必ず、香りと日当たりがいいんですよね」。
「言葉にならない香りの好み」を引き出してもらう
言葉だけでは表現しづらい香りの好みを引き出す役目を担うのが、店舗で働くソウルの皆さん。〈LE LABO〉では、店に魂を込める存在としてショップスタッフをソウルと呼ぶ。まずソウルが最初に又吉さんを案内したのは、〈LE LABO〉のクラシック フレグランス19種類が並ぶ1階のコーナーだ。

好きな香りを探すというより、どこで香りを使うのが自分にとって一番快適かを想像することもおすすめだと言う。仕事に行くときか、週末に遊ぶときなのか、など。ソウルに聞かれると、「僕は家かな。香りは自分のためのものですね」と又吉さん。
それを聞いたソウルが薦めたのは、〈LYS 41〉と〈SANTAL 33〉。前者にはユリやジャスミン、後者にはサンタルウッド、つまり香木の白檀が使われている。家ではお香を焚き、花を飾るという先ほどの話をヒントにしたセレクトだ。「おお、めちゃくちゃいい香り。特にSANTAL(サンタル)はリラックスできますね」と又吉さん。

続けて試した香りは〈YLANG 49〉や〈THÉ NOIR 29〉。又吉さんいわく「YLANG(イラン)は東京の町でいうと銀座のイメージと又吉さんは表現。蘭のような大きくて華やかな花の香りも感じました。
THÉ NOIR(テノワール)は個性的だけど主張しすぎない香りで、でもちゃんと存在感はある。高円寺、阿佐ケ谷……いや、西荻窪かな。これ、結構好きですね」。テノワールはブラックティーのフレグランスで、タバコのフレーバーもブレンドされている。甘さもほろ苦さもある知的な香りは、たしかに西荻窪の感触かも。

香りを町で表現した又吉さんに、とソウルが差し出したのは東京限定のフレグランス〈GAIAC 10〉。世界の各都市をイメージして作られた「シティ エクスクルーシブ コレクション」の一つで、2008年、当時唯一ラボを備えていた代官山店でデビューした。
人によっては香水をつけていることに気づかれないほどさりげない香りと評される。最初はちょっとそっけなく感じるけれど、慣れてくると優しく温かく寄り添ってくれるこの香りを、「とても優しいですね」と又吉さん。

〈LE LABO〉のクラフツマンシップに触れる
さまざまな香りを試した結果、又吉さんがいちばん気に入ったのはウッディな香りの〈GAIAC 10〉。そう決まったところで、「フレッシュブレンディング」も体験することにした。ラボ併設の店舗ならではなのが、香水の注文を受けてからラボで調合し、ボトルに詰めるという流れ。出来立てのフレッシュな香りから、少しずつ香りが変わる過程も楽しめる、こだわりのサービスだ。
また、ボトルに貼るラベルに、名前やメッセージなど好きな文字を23字まで入れることができるのもお楽しみ。アルファベットや数字に加え、ここ代官山店と京都町家店の2店舗のみ日本語も利用できる(日本語は16文字まで)。
白衣に着替えてラボエリアへ入ったソウルが、フレッシュブレンディングをする手元をガラス越しに眺めながら、又吉さんが言う。
「僕は昔から、ものがどうできているのか、ということがすごく気になるんです。ラーメン屋さんでも厨房が見える席で、調理してるところを見てからいただくのが好き。小学生のころ、たまに行くパン屋さんで“どうやってパンを作っているのか見せてください”と無茶を言ってご主人をめっちゃ困らせたこともありました。そういう部分は今でもまったく同じ。自分が選んだ香りができる工程を実際に眺められるのはとても楽しいです」

人の手作業によってものが生まれる過程を見る。ただものを買うだけでなく、そこに行きつくまでの時間も味わう。それが〈LE LABO〉が大切にしているスローパフューマリーの本質だ。
「たとえば町なかにあってすぐ参拝できる神社もいいけれど、長い参道を歩いてだんだん気持ちが整ってきたころに本殿にたどり着くほうが僕は好き。きっとそういう感覚ですよね。この代官山店にも、フレッシュブレンディングにかかる時間を楽しめる人たちが足を運んでいるんだろうな。日々の生活をゆっくり過ごす余裕がある人たちと相性がいい店だと感じました」
又吉直樹が語る、香りの思い出と今日の景色
「小学生の頃、学校に行く途中で明らかに金木犀の香りがしてるのに、どこにも金木犀が見当たらなくて、ずっと探してたことがありました。今も時々思い出す香りの記憶です。あと、信じてもらえないかもしれないけど、中学生の頃は香水をつけてたんです。そしたら教室の誰かが“このへん、石鹸のいい香りする”って言い出して、僕の隣に座ってた女子が“それ、私かもしれへん”て(笑)。そもそも香水だと気づかれにくいと思ってシャボン系を選んでたんですけど、僕がみんなを惑わしてる!ってなりましたね」
なにげなく語られる香りの記憶から、その人だけの物語や意外な一面も見えてくる。
「僕らの世代だと、男性が香水つけてるのがちょっと気恥ずかしいみたいな、以前はそういう感じもあったと思います。でも今日は、香りそのものだけでなくインテリアや景色も含めて、いろんなバランスが保たれていることの心地よさを感じたんです。コンクリートと杉の木を使ったお店の内装もすごくカッコいいし、最適なバランスを探りながらフレグランスを作る話は、カレーをスパイスから作る面白さにも通ずる気がしました。素材それぞれのよさをどう引き出すかでいろんな個性が生まれ、“今日はこれを選んだけれど、次はほかも試したい”って興味がわく。東京という町にも、たくさんの個性や景色が詰まっていますし」
“「晴れてたから歩いてきた」(東京百景)”。ラボで完成したフレッシュな〈GAIAC 10〉のラベルには、この日の風景と著書のタイトルが記されている。そのボトルを受け取って店を後にした又吉さんは、テクテクと代官山の町へ。「僕もこれを機会に香りを楽しんでみたいと思います」。
