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ドキュメンタリー好き・河瀬大作(TVプロデューサー)、忘れられないあのシーン。『バリケードの中のジャズ 』

ドキュメンタリー好き、TVプロデューサー・河瀬大作さんが「忘れられない、あのシーン」について語ります。

Illstration: Ryo Ishibashi / Text: Yuki Kawano

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山下洋輔への仕事依頼の電話を
妻が断っている向こうで
山下はソファでゴロゴロ……

「ドキュメンタリーは事実を映す」と言う人がいますが、この作品はそもそも壮大な“やらせ”です。
山下に忠告する医者も、中核派がピアノを盗み対立するセクトに運び込むのも、山下が早稲田に乗り込んで開くコンサートも、すべて田原総一朗が仕掛けた“やらせ”。でもすべて“やらせ”だからといって“何も映っていない”わけでは、ない。

僕が好きなのは、歌謡ショーの特番の依頼の電話を、妻が謝り断る場面に挿入される、山下が“武士は食わねど高楊枝”よろしくソファで寝転ぶカット。前衛ジャズピアニストを志す山下はそれ以外の仕事は見下しているので当然断る。しかも妻に断らせる。

当然この電話は仕込みで、妻の対応、寝転ぶ山下もすべて田原の周到な演出です。とはいえ、やらされているにもかかわらず、なぜかそこには山下の孤独が滲み出ている。カメラに追い込まれた山下は、少しずつ自分でも気づかなかった感情を溢れさせる。

それが積み重なっていった結果、彼は伝説となる即興演奏に辿り着くことができた。この、積み重ねた虚構の中から圧倒的な真実を浮かび上がらせる田原の手法は、今のバラエティに多大な影響を与えていると思います。

『バリケードの中のジャズ ~ゲバ学生対猛烈ピアニスト~』イメージイラスト

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