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近代建築の巨匠、アントニン・レーモンド。彼の精神を継いだ、自然と共生する日本のクラブハウス

ラウンドの楽しみを盛り上げる一つの要素がクラブハウス。実は巨匠アントニン・レーモンドがその建築の礎になっていて、日本には彼の名作や、彼の精神を継ぐ名建築家のクラブハウスが各地に現存する。近代建築史にも名を刻む、それらの魅力を紹介しよう。

text: Masae Wako

戦後日本のクラブハウスに大きな影響を与えた建築家がいる。アントニン・レーモンド。アメリカで活躍した後、日本の近代建築を牽引したレジェンドだ。

1919年、旧〈帝国ホテル〉の建設に際してフランク・ロイド・ライトと共に来日。完成後も日本に残り、教会や学校など多くのモダニズム建築を生み出した。そんなレーモンドが、埼玉県の〈東京ゴルフ倶楽部〉のために、自身にとって最初期のクラブハウスを設計したのは1932年のこと。

「レーモンドをゴルフの世界に導いたのは、コース設計の名手といわれた赤星四郎と六郎の兄弟です。レーモンドもゴルフ好きになり、ハンデ13の記録も残しました」

そう話すのは〈レーモンド設計事務所〉代表で、本人から直接学んだ最後の弟子でもある三浦敏伸さん。
「クラブハウス建築にはルールがあまりない。食堂や風呂、ロッカーは必要とされますが、自由度が高くて新しいことに挑戦しやすいんです」

〈東京ゴルフ倶楽部〉では、コンクリート造の真っ白な棟にプール付きのモダン建築を造り、東洋一のクラブハウスと謳われた(現存せず)。

「しかしその後は、山小屋風の簡素な空間を好むようになります。静岡県の〈富士カントリークラブ〉で試みたのは木造平屋建て。シンプルな外観には“素材の魅力を直截(ちょくさい)的に生かすべき”というレーモンドの建築理念がよく表れています」

名作の誉れ高いのは福岡県の〈門司(もじ)ゴルフ倶楽部〉クラブハウス南棟。構造は鉄筋コンクリート造だが、天井には丸太の架構を露出させ、囲炉裏風暖炉や障子も取り入れた。西洋の建築様式と和の要素を融合させる空間作りも、レーモンドの特徴だ。

福岡〈門司ゴルフ倶楽部〉クラブハウス南棟のレストラン
〈門司ゴルフ倶楽部〉クラブハウス南棟のレストラン。西洋型の近代建築に日本の素材や大工仕事の技法を組み合わせた。杉の丸太を使った天井の小屋組が圧巻。2階の窓には障子が使われている。

「福島県の〈白河高原カントリークラブ〉では、茅葺(かやぶ)き屋根を持つ合掌造りのクラブハウスも造っています。レーモンドはいつも、周囲の景観や自然環境と馴染む建築物を意図していたんですね。クラブハウスの場合はさらに、“最初にコースありき”という指針が加わりました。
例えば住宅を設計する時に住み手の理想を聞くように、クラブハウスの場合はまずコース設計者の話を聞き、イメージを共有する。コースの起伏に合わせて屋根のラインや建物の形を考え、コースに立った時にどう見えるかをデザインしたんです」

そう話す三浦さんは、レーモンドの逝去後もその精神を継ぎ、日本各地でクラブハウスを手がけている。

「意識しているのは、最終ホールの18番や9番からクラブハウスがどんなふうに見えるのかということ。プレーヤーの視界を邪魔せず、でも景色の中に美しく存在するようでありたい。“自然と共存すること”“建物だけが出しゃばらないこと”というレーモンドの哲学を、忘れないように心がけています」

今行ける!レーモンドが遺したクラブハウス

レーモンドの精神を継承。自然と共生するクラブハウス