2人だけの時間だから生まれるラジオの新しい響かせ方。
ピンポ〜ン。山口一郎さん宅のチャイムが鳴る。「あ、もう着いた!いつも着く前に電話くれるのに」と、携帯を片手に待ちわびていた山口さんが、嬉々として玄関へ駆け下りていく。
「これ、山口くんにプレゼント」と、新品の炊飯器を抱えた加藤浩次さんがふらりとやってきた。「めっちゃ嬉しいです!開けていいですか!?」「あ、お茶淹れますね」。
まるで友達が家に遊びに来たように、なんの前触れもなく雑談を始める2人。最近はもっぱら、山口さんの自宅集合。よく見ると、胸元にはすでにピンマイクが装着され、マネージャーも番組ディレクターもいない、2人だけのラジオ収録はすでに始まっていた。
北海道の地方局STVラジオで昨年10月から放送されている『加藤さんと山口くん』。
小樽出身の2人が、故郷・北海道へ向けて放送しているトーク番組なのだが、その内容がとにかく破天荒、かつゆるい。ボウリング対決やサッカーゲーム、たこ焼きをつつきながら語り合ったり、ジェンガ勝負に没頭したり。
およそラジオ向きではなさそうな企画をしながら、筋書きのないトークが展開されていき、リスナーは、あたかも自分も友達の家で一緒に過ごしているような感覚に陥り、30分間の番組に引き込まれてしまう。
旧知の間柄のようにフランクな2人だが、意外にも出会いは2019年。加藤さんが司会を務めるテレビ番組『スッキリ』で共演し、すぐに意気投合。そのロケがすごく楽しかったのだと、山口さんは振り返る。
「加藤さんの率直な人柄に触れて、とても信頼できる人だと感激したんです。だから、加藤さんの素の魅力を伝えられるようなラジオ番組を一緒にやりたい!と僕から誘いました。
ゆるく自由に始めるなら、ラジオしかないと思ったし。加藤さんも、面白そうじゃん、と賛同してくれたんですが、まぁ社交辞令かなぁと思っていたら、本当にSTVラジオの人に繋いでくれて。やっぱり本気で考えてくれる人なんだ!ってさらに感動です」。
加藤さんも、笑いながら続ける。「普通に番組をやると思ったら、街ブラしたいとか、日常を出した方が面白いとか言いだして。山口くんのアイデアにはラジオに対する固定観念がまるでなかった。
ラジオ=ブースに入ってマイクを挟んでしゃべるもの、という凝り固まった頭をガツンとやられた気分でした。なんて面白いんだ!と即賛成です」
収録は、毎回山口さんが加藤さんに電話をかけるところから始まる。友達と待ち合わせて、その延長線上で番組が始まるイメージ。だから、よーいスタートもカットもないのだと、番組の仕掛けや企画担当でもある山口さんが収録の種明かしをしてくれた。「この番組に関しては山口くんに全のっかり。僕はただ、友達からの電話を待って遊びに行く感覚」と、加藤さん。
ラジオを始めるにあたり、2人の共通の思いとして大切にしたのが故郷・北海道。「故郷に恩返しと言ったらおこがましいけれど」と、少し照れながら加藤さんが続ける。
「小樽から出てきた2人が、東京で揉まれながら頑張って生きてる日常を北海道の人に聴いてもらいたい。東京のキー局じゃなく、北海道でひっそりやる感じがいいな、と」
かくして前代未聞のラジオ番組がスタート。前述の通り、収録には番組スタッフの立ち会いも、構成作家も不在という異例ぶりだが、本音で付き合う2人だからこそ、なにげない会話の中に社会や人生に対する率直な意見が吐露され、聴き応えは十分。レギュラー化されて5ヵ月。当人たちの手応えはどうだろう?
「番組として成立するのか不安もありました。だって僕、いまだに一度もディレクターに会ったことないもん」と、加藤さんから衝撃の告白。収録した音源(長い時で9時間に及ぶことも!)が番組ディレクターに渡り、30分×4週分に編集されて番組が作られている。
ディレクターは毎回、音源を聴いて初めて2人が何をやっているか知るという大博打。その仕組みがいかに異端であるか、素人目にも想像に難くない。
「めちゃくちゃ大変だと思いますよ。でも、筋書きのない、どうなるかわからない予定不調和が、この番組の面白さだな、と。この仕事が長いと、“それ、見えたね”って言葉を使いがち。要は予定調和で先の展開が想像できるということ。
人間もそうだけど、表面に見えてる部分なんてほんの一部でしょ。でも見えない部分にこそ面白さや可能性が潜んでいる」。自分がいかに既存の考えにとらわれていたか、番組を通して改めて気づかされたと言う加藤さんに、山口さんも応じる。
「見えないことに挑戦することこそ、今の時代に求められることだと思う。音声だけで想像させるラジオにはその余白がたくさんある。感動の種類を増やしていくことが大事だと思うから」。すると加藤さんがすかさず笑った。「普段は反省の鬼なのに、この番組だけは反省ゼロ。あとは帰って風呂入って寝るだけ。このシンプルさが気持ちいいんだよね」
行き先不明、予定不調和な番組です。
番組内で2人がやっていることは、およそラジオ向きではない企画ばかり。けれど始まってみたら意外と成立しちゃった、というのが正直な感想。2人の持つ人間的な魅力が番組を面白くさせているのだと思います。
唯一のこだわりと言えるのは、作り手である第三者の存在をなるべく廃して、2人が過ごす時間、空間をリスナーに追体験してもらうこと。筋書きがないからこそ、面白いのだと思います。(番組ディレクター/野村大輔さん)