神田伯山を知らないあなたへ
落語とは似て非なるもの。そもそも講談とは?
張り扇(おうぎ)で机(釈台)を叩き、リズムを取りながら歴史にちなんだ物語を読み上げる話芸。これが講談だ。落語と比べられることも多いが講談の方が歴史が長く、なんと4500(!)ものネタがある(落語は500)。また、会話形式ではなく、台本のト書きのように筋書きを「読む」のが特徴。
消えかけていた灯火を再燃!講談ブームの立役者。
演者も少なく、露出も少なく、新弟子も入ってこず、「絶滅」も危ぶまれた講談界。しかし神田伯山の登場によって今、活況を呈している。彼自身の高座は毎回即完売。若い客が増え、会場規模が大きくなり、地方でも講談のみの公演が開かれたりと、明治末期以来100年ぶりといわれるブームに業界は沸いている。
とにかく、ラジオ人気がすごい。
伯山の躍進は、2017年にスタートしたラジオ『神田松之丞 問わず語りの松之丞』を抜きにしては語れない。放送のたびに怒り、ボヤき、噛みつき、他人を悪しざまに言う。遠慮も忖度も一切ない。
小気味よい「大人の本音」は、高座と同じく多くのリスナーを夢中にさせた。ジブリの鈴木敏夫氏をはじめ、エンタメ界の重鎮からの評価も高い。
2020年、神田松之丞改め六代目「神田伯山」襲名。
師匠のお世話をしながら寄席のイロハを学ぶ「前座」を経て、2012年に「二ツ目」に昇進した松之丞。貪欲に持ちネタを増やし、コロナ禍前には年間700もの高座に上がり芸を磨いた。
そして2020年、44年間空白だった講談界の大名跡を襲名。真打昇進を果たす。披露興行が行われた新宿末廣亭にはチケットを求める人々が殺到、徹夜組が出るほどだった。
YouTubeチャンネルがギャラクシー賞を受賞。
伯山襲名と同時にスタートした、YouTubeチャンネル『神田伯山ティービィー』。「講談界に新風を吹き込む」として第57回ギャラクシー賞のテレビ部門・フロンティア賞を受賞した。
YouTubeチャンネルが受賞するのは史上初の快挙!贈賞式には、開設に奔走し運営に尽力している妻の古舘理沙さんも出席した。
古舘理沙が見た神田伯山の「全容」
「知る人ぞ知る」存在だった神田松之丞(現・伯山)の名を演芸界の外にまで知れ渡らせたのは、間違いなくラジオです。悪口とボヤキにまみれたトークが面白いと話題になり、冠番組を持っていることが「お墨付き」に。放送開始後、興行の集客もドンと跳ねました。
テレビに出続けるのは「講談枠」を維持するため。
しかしもともと「ラジオで名を上げよう」と考えていたわけではなく、「たまたま声をかけてもらった」のが本当のところ。彼に務まるのか未知数でしたが、やらせてみたらできちゃったという感じ(笑)。
実は『問わず語り』は3ヵ月の期間限定だったのですが、放送を聴いた局の上層部の方々が「ぜひとも」と推してくださり続投が決まった……と聞いています。彼の「コンプライアンスどこ吹く風」の姿に昔のラジオを思い出し活きのいい若者だと可愛がってくださったのでしょう。結果的にこれが最大の転機になったんです。
ラジオに続いてテレビから声がかかったことで、伯山の顔は全国区になりました。特にインパクトが大きかったのは、若者を含む広い層に講談を見せられた『ENGEIグランドスラム』。
また、NHKで時代劇の語りを務めた際は、地方の年輩の方々にリーチできました。こうしたテレビの影響力に感謝しつつも、現在は「広める」段階はいったん終えたと考えています。
一方でレギュラー番組を中心に出続けているのは、「講談枠」の維持のため。落語と違い、いま伯山がメディアから退いたら講談師を目にする機会がなくなってしまうでしょう?代わりを務めてくれる人が現れるまでは、「枠」を守っていくつもりです。
足を運んでもらうこと」がメディア戦略のゴール。
2020年2月には、神田伯山襲名と同時にYouTubeチャンネル『神田伯山ティービィー』を開設しました。ずっと講談の芸を見せる場が欲しいと考えていたので、真打昇進に合わせ、嫌がる彼を説得して。
すると、初めに公開した連日の襲名披露興行の様子は大きな注目を集め、連続読み『畔倉(あぜくら)重四郎』の1席目は1年弱でなんと、120万回再生を達成。とはいえ数字にとらわれず、今後も講談の魅力が伝わる動画を粛々と上げていくつもりです。
ラジオで「人」を、テレビで「顔」を、動画で「芸」を知ってもらう。そして最終的には「公演に足を運んでもらう」。これが私たちのゴールです。やっぱり、どの芸にも生でしか伝わらない迫力がありますから。
「寄席演芸って楽しい!」と感じてもらい、業界全体にお客さんが集まれば嬉しいですね。
九龍ジョーが語る神田伯山の「特異性」
神田伯山以前/以後。少々乱暴な言い方をすれば、そう分けられるくらい、伯山は講談界においてエポックメイキングな存在です。
そうなるべき自分、というのを念頭において、この世界に入ったという意味でも異色でした。観客時代から様々な伝統芸能に触れ、あらゆる可能性をシミュレーションしたうえで、講談を選び取っている。
ただ、講談の芸を磨くだけでは、いまの人気は獲得し得なかった。軸となる芸のほかにプラスαが必要だったとも言います。彼の場合は、それがラジオだったんですね。
伯山の「大人の本音」は芸の領域。
『問わず語り』は、毎回イントロで繰り返すように「大人の本音」がリスナーに支持されたと思います。その多くは、誰かの「ディスり」ですね(笑)。
ただ、それがただの悪口として下品にならないのは、伯山が話芸の人だからこそ。声のトーン、間の取り方、フォローも絶妙。シゲフジくんという「笑い屋」を起用したのも伯山本人のアイデアです。
番組は収録ですが、ライブ感を損なっていないのもポイントだと思います。実は複数テイク録っていることも多いそうなのですが、あたかも一発録りの空気感を、編集でうまく醸し出している。
そして、ここでも講談を選んだときと同じ目線が生きていると思います。彼自身がラジオリスナーだった時代の目線ですね。いま自分がリスナーだったら、どんな番組を聴きたいか?どんなことをしたらワクワクするか?そういう内なる声に応えようとするから、面白いんです。
ラジオの先のミッションをYouTubeに託した。
結果、講談という本丸と、ラジオという場所のかけ算によって、「神田伯山あり」を世間に知らしめることができたわけですが、伯山が常に原点として意識しているのは「講談を広める」というミッションです。
伯山を知り、講談に関心を持ったライトな層が、じゃあ、講談そのものを聴こうとなったときに、聴ける場所は限られている。伯山の公演もありますが、チケットの数が決まっていますし、テレビやラジオで講談が流れる機会も少ない。
そこで選ばれたのが、YouTubeです。ここに講談や寄席演芸に関する良質な映像を上げていくことで、より演芸沼の深みへと導いていく。
伯山本人だけでなく、講談界、演芸界、さらには伝統芸能全般にまで、視聴者の関心が届くよう、ある種の公共性を目指しているところに、伯山の特別さがある。それもやはり、彼が常に観客時代の目線を忘れていないからだと思います。