ストリートダンスから舞台へ。まだ見ぬダンスのための模索
「DAZZLE」の活動は幅広い。歌舞伎俳優・坂東玉三郎さんとのコラボレーションや、蜷川実花さんと制作した北野天満宮でのイマーシブシアターなど、ダンスの定義を拡張し続けている。その根底にあるのは、身体パフォーマンスを超えた「物語性」だ。2012年にはイラン「ファジル国際演劇祭」で、のちの代表作『花ト囮』が審査員特別賞・舞台美術賞の二冠を受賞している。
今回、取材場所となった「DAZZLE」の常設シアター「Anemonia Tokyo」では観客が作品世界に入り込むイマーシブ公演を実施。出演者はいくつものストーリーを繰り広げ、観客は気になる人物や物語を追うことができる。
——1996年の旗揚げ時から、台詞やストーリーテリングがはっきりとしたスタイルを意識していたのでしょうか。
長谷川
最初から演劇的なものをやろうと思っていたわけではないんです。もともと僕はストリートダンスの世界にいたのですが、そこで抜きん出るための独自性を模索して「DAZZLE」を立ち上げました。ストリートダンスは、特定の文化や歴史的文脈、つまりカルチャーを背負っているものが多い。でも、僕はダンスをアートにしたかった。「どんなバックグラウンドの人でも感動できる表現をつくる」ということです。
飯塚
エンターテインメントとしての「わかりやすさ」は、僕らが考え続けているテーマのひとつですね。
長谷川
そして、「わかりやすさ」にはドラマや物語が必要なのではないかと思い至ったんです。僕自身、小さい頃から映画や漫画、ゲームが好きだったのが大きいかもしれません。ただ、ダンスとなると、当時はいわゆる不良ものか、活発で“スポ根”的な世界かの2種類のノリしかなかった。そのどちらでもなく、それでいてダンスをよく知らない人にも伝わる表現をしたいと思ってたどり着いたのが、脚本のあるダンスパフォーマンスでした。
飯塚
日本的な性質のもので、かつ「DAZZLE」にしかできないものにしたい。そう思って書いたのが、「狐の嫁入り」に着想した『花ト囮』です。
演劇性に富んだ代表作を、30周年に再構築
——『花ト囮』は、とある兄弟の物語ですよね。見てはいけないとされる狐の嫁入りを偶然目撃した兄弟が離ればなれになり、この世とあの世の境目に迷い込む。幻想的かつ厚みのある世界観や、豪華な群舞も魅力です。
飯塚
僕は小説を多く読んで育って、学生の頃は小説家志望だったほど。歴史小説やファンタジーものが大好きだったので、その志向が『花ト囮』にもつながっていますね。題材に「狐の嫁入り」を選んだのは、日本の民話独特の、単なるハッピーエンドにはない残酷さを表現したかったから。怖くて悲しい結末には、独特の美しさがあると感じます。
長谷川
「DAZZLE」は小道具を使った踊りが得意なので、和傘を持たせた見せ場も盛り込んでいます。ダンスで物語を作るというより、物語をダンスで紡いでいると捉えてもらえたら。
飯塚
「狐の嫁入り」は、天気雨の日は狐の嫁入り行列が見えるという言い伝え。だから『花ト囮』には水のモチーフがよく出てくるんですよね。
長谷川
今回の『花ト囮』には、サブタイトルとして「露(あらわ)」をつけました。テーマは「人と人はどう理解し合えるのか」。人が本性を「あらわにした」ときどうなるかという問いともかけています。
——再構築にあたって、これまでと違う演出があるのでしょうか。
長谷川
障子を使った演出部分のアレンジなど、新しい見どころも出てきます。また、2026年の時間感覚で作品を構築し直すことに注力しています。スマートフォン上でさまざまなコンテンツを流して見る時代に上演するなら、展開のテンポをチューニングしたくて。観客の気持ちが離れない間の取り方や、物語の進み方といったことですね。でも、仕方なく順応という感覚ではありません。表現方法は時代の変化とともに変わるもの。若い世代の感覚が将来の主流になるのは必然だし、時代に合わせることをポジティブに捉えて挑戦したいんです。
飯塚
たとえば映画の倍速視聴を「良くないよね」と切り捨てるのは違うなと。若い人たちの感覚が進化を呼ぶわけですから。少し遠い例かもしれませんが、僕ら世代は「ゲームをするとバカになる」などと言われて育ちましたが、今では立派なメディアですよね。
長谷川
そもそも、「DAZZLE」も既存の枠組みから抜けてやりたいことをやっていますし。シンプルにまとめると、初演時から年数を経た今の自分が良いと思うかたちでつくってみたい、その足し算引き算を楽しんでみたい、という気持ちです。
自分たちの表現を広く届けるために。30年間の変化と進化
——「DAZZLE」は、四半世紀以上の道のりのなかで日本のダンスカルチャーに多大な刺激を与えてきたのではないでしょうか。
長谷川
僕たちは、ダンスがアートやエンターテインメントとして優れていることを絶対に証明してやる、という想いでここまで来ました。まだ道半ばだとも感じますが、ダンスの世界に貢献できているならとても嬉しいです。結成当初はダンサーが職業として認められていない時代でしたが、今は変わってきている。そうした変化は素直に喜ばしいですね。
飯塚
ダンス大会に出てくる人たちのレベルもすごく上がっていると感じます。今はSNSなどで世界中のダンサーの動きを見られるという背景もあるのでしょうね。
長谷川
正直、こんな素晴らしいフィジカルを持っているのかと悔しくなるときもある。僕自身は28歳のときが明確にピークだったと思っていて。それでも、経験を得た今の自分だからできる表現があると確信しています。
飯塚
僕のなかでは、ここ10年~20年で「上手い」の意味が変わってきたんです。技術ではなく、「お客さんを感動させられるか」になった。そうなると、重要なのは単純な身体能力だけではありません。
長谷川
表現の追求に終わりはないな、とつくづく感じます。これは、2014年に坂東玉三郎さんと舞台『バラーレ』に臨んだ際に教わったことでもあります。
飯塚
『バラーレ』はクラシックの名曲にダンスを合わせ、玉三郎さんが演出をしてくれた作品です。このとき、具体的なテクニックだけではなく、パフォーマーとしての心のあり方も教えていただきましたね。
長谷川
お客さんに迎合したいわけではないけれど、多くの人に舞台を見てほしい。表現したいものや芸術性をどう広く届けるかという点が、ずっと課題でした。けれど、玉三郎さんは「お客さんに届ける」ことを追求した結果、芸術性を生んでいる。アート的表現と「わかりやすさ」は対立するものではなく、融合させることができる。それも、年を重ねるごとに。そのことを体感できたからこそ、今年の30周年まで走ってこられたとも言えます。
飯塚
「お客さんが舞台を見て『生きていて良かった』と思えるようにやりなさい」。玉三郎さんから、そんな言葉をいただきました。そのとき、「DAZZLE」の指針が見えた感じがしましたね。
長谷川
肉体は必ず衰えるけれど、技術や精神、芸術面はもっともっと進化させられる。そう思えました。だから、「DAZZLE」は40周年やその先まで、夢を持って進める気がしています。
言葉にならない感情を伝えられるのがダンスの魅力だ。「DAZZLE」はさらに、物語というスタイルで見る者の心にメッセージを響かせる。ジャンルにくくられないダンスのあり方を磨き続ける彼らの挑戦は、7月の公演で新たなステップへと進んでいく。






