アカデミー賞を席巻したキャリア
ジェイルが世界的に知られるようになったきっかけは、アカデミー賞四冠に輝いたポン・ジュノ監督の『パラサイト』を通してだったが、それ以前にポン監督の『オクジャ/okja』(2017)で音楽を担当し、映画音楽の仕事に魅力を感じるようになったという。「映像にいかに音楽で生命力を吹き込むか、制限のある中で追い込まれて閃く瞬間がある」と話す。
『ミッキー17』(25)まで3作連続でポン監督作の音楽監督を務めた。ポン監督はジェイルのことを「地球上でもっとも繊細な人」と絶賛する。ディテールにとことんこだわるポン監督にとって最高のパートナーといえる。
とくに「The Belt of Faith」は『パラサイト』の半地下の家族が金持ちのパク・ドンイク社長の家に寄生していく過程で使われ、象徴的な曲となった。パク社長の妻(チョ・ヨジョン)が半地下の家族の家長であり運転手のキム・ギテク(ソン・ガンホ)から家政婦が結核患者と聞き、怯えた表情で階段を上がり、咳き込む家政婦と血のついたティッシュ(本当はケチャップ)を見て卒倒するまでの一連の動きと音楽が、絶妙に絡み合ってクライマックスを飾った。
『イカゲーム』では子どもたちの単純な遊びでありながら、負けたら本当に命を落とす残酷なサバイバルゲームに、わざと音程を外したようなリコーダーの音楽を添えて、独特の世界観をつくり上げた。この奇妙な音楽の力が世界的大ヒットに貢献したのは誰もが認めるところだ。
坂本龍一が繋いだ日本への道
世界を席巻した『パラサイト』や『イカゲーム』の音楽監督といえば巨匠を思い浮かべるが、ジェイルはまだ40代前半だ。幼い頃からピアノやギターの演奏で突出した才能を発揮し、10代ですでに著名アーティストと共に音楽活動を行っていた。その一人が韓国の打楽器集団「サムルノリ」の金徳洙(キム・ドクス)で、ジェイルが坂本と出会うきっかけをつくった。
1997年、ソウルの大学路(テハンノ)で、金徳洙に呼ばれたジェイルが振り向くと、隣に坂本がいた。当時、坂本は地雷ゼロキャンペーン「ZERO LANDMINE」で金徳洙と共に活動していた。金徳洙は坂本に「天才です」とジェイルを紹介した。
ジェイルは坂本と対談したこともある。2018年、ソウルで展覧会「Ryuichi Sakamoto Exhibition: LIFE, LIFE」が開かれるのに合わせ、中央日報が企画した。坂本とジェイルの幻のコラボ企画案もあった。2018年の南北首脳会談で共演する案があったが、坂本の体調面の不安もあって残念ながら実現しなかった。
一方、ジェイルは南北首脳会談での公演で脚光を浴びた。音楽監督を務め、自らもピアノ演奏で参加した。坂本との対談はこの後だった。坂本はサムルノリなど伝統音楽を生かした舞台だったことにも触れ、心底感銘を受けたと語った。サムルノリは金徳洙の弟子による演奏だった。
今回のコンサートでは横山奏が指揮を務め、東京フィルハーモニー交響楽団のほか、サムルノリのイ・ジュニョン、パク・ソングンをはじめ韓国から伝統楽器のミュージシャンも参加する。ジェイルが作曲を手がけた『パラサイト』や『ミッキー17』『イカゲーム』、是枝裕和監督の映画『ベイビー・ブローカー』の曲に加え、ジェイルが2023年にリリースしたアルバム『Listen』の曲も披露される。
クライアントのための音楽から「自分の音楽」へ
ジェイルはもともとシンガーソングライターが夢だった。「でも、歌がダメであきらめていました」と、はにかむ。映画やドラマ、ミュージカルのほか、IUやパク・ヒョシンなど人気歌手に曲を提供するなど「クライアントのための音楽」をメインでやってきたジェイルは近年、「自分の音楽」にも力を入れ始めた。
アルバム『Listen』には、コロナ禍と戦争の中で、互いに耳を傾けようというメッセージを込めた。「クライアントのための音楽とソロ活動、両方を並行して手がけようと考えたとき、これは坂本さんの道だったと気付いた」
坂本からジェイルへの最後のメールは、『イカゲーム』の大成功を祝う内容だった。訃報を聞き、ジェイルは「一時代が終わった」と思った。「だけども坂本龍一は永遠に残る」と断言する。坂本のスピリットを受け継ぎ、新たな道を切り拓くジェイル。日本での歴史的第一歩、お見逃しなく。

