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笹本恒子、98歳にして現役写真家でいるための秘訣

2013年(当時)で73を数える笹本恒子さん……と言ってもまったく違和感がないけれど、これは年齢の話じゃなくて、「キャリア」の話。笹本さんは昭和15(1940)年に財団法人写真協会に入社した日本初の女性報道写真家であり、御年98歳になる現役フォトジャーナリストだ。

text: Kousuke Ide

長生きをする

年齢がにわかに信じがたいほどの溌溂とした若々しさとその業績が近年話題になり、全国的に知られる存在となった笹本さん。「年で有名になっちゃいました」と笑うお顔がチャーミングすぎです!

「ずるいけれど、長い間ずっと周りの人に年齢を言いませんでした。それで一昨年、写真展を開いた時に新聞社の方がいらして年を尋ねられたので、そろそろいいかなと思って“96歳です”と言ったらびっくり仰天されていました。それ以来、次から次へと取材の方が来られるようになって。今は撮影する時間がありませんわね(笑)」

今回もそんな取材の一つで恐縮ですが、それもさもありなんというもの。とにかく、若やか。生き生き。美しい。年金問題やら何やら、「生涯現役」が多くの人々の夢や目標としてある現代、笹本さんに一目出会った人ならどんな人でも、ずっと元気で仕事をし続けられる秘訣を知りたくなるのではないか。

「なんとなく年を取っちゃいました。昔からスポーツが好きで、テニスも女学校時代に始めてから80歳近くまでしていましたしね。今は、朝6時に起きたらNHKの番組で英会話の勉強をして、その後は『みんなの体操』を10分間。どんなに疲れていても、6時にいったん起きて行動します。

ただ、6年前に椅子から落ちたことが原因で脊柱管狭窄症になりました。チュニジアで講演の予定だったのですが、あまりの痛さに予定を切り上げて帰国したほど。今も朝は痛くて辛いのですが、体操をやると体がスムーズに動くようになります。自分を甘やかさない方がいい。けっこうスパルタ式です(笑)」

フリーランス歴66年(!)の笹本さんにとって、体は資本……とはいえ、著書『好奇心ガール、いま97歳』(小学館)には「お風呂は好きではないのでシャワーだけ」「魚より肉。揚げ物もしょっちゅう」など、世の高齢者の「常識」に縛られない独自のライフスタイルが綴られている。

「赤ワインが私にとっての健康法。30年くらい前から、夕食は主食を食べないで、おかずと一杯の赤ワインです。チョコレートも好きですが、とにかくポリフェノールが体にはいいらしいですね。もともと低血圧で、医者からアルコール分を少し摂ると良いと言われていたのですが、赤ワインを飲んでいるうちにすっかり良くなりました」

もちろん、体が健康であるだけで仕事ができるわけではない。笹本さんがこれまで現役で活動し続けてこられた理由は、いつも何かを「撮りたい」と思う、その心にある。

写真家・笹本恒子
photo:梅佳代

「一般には知られていないけれども、いい仕事をしている方をテレビや新聞で見かけたり、人づてに聞いたりすると、ノートにメモしておきます、いつか取材したいと。私はたいてい自分の企画で撮影しますから、過去の写真集でも取材は自費で行きました。私は何しろ“○○の笹本”という肩書がありませんから、なかなか相手に信用されにくい。今まで出した自著に手紙を付けて“撮影をさせていただきたいと思いますが、いかがでしょうか”と依頼の手紙を付けてお願いします。これまでもずっとそうしてやってきました」

「自分を甘やかさない」独立心に溢れた好奇心ガールは、やりたいと思えばどこへでも飛んでいく。何と昨年の秋には、先日発売されたばかりの著書の取材のためパリに1週間ほど撮影に行ってきたという。

「パリは絵を志していた17歳の頃からの憧れで、40年前から何度も通っています。今回行ったのは、“芸術家のための老人ホーム”を再訪するため。森の中に立つ真っ白なお城に、フランスで良い仕事をした人なら外国人でも誰でも入れるのだそうです。詩人や画家、音楽家などが1部屋ずつ大きなアトリエをもらって仕事をして、食堂にはデキャンタのワインが置いてあって……いいなぁと思いました。

入居費用は、お金のある人はたくさん払って、年金暮らしの人はその分だけ払うなんて、やっぱり粋な国ですよね。その中に86歳の女性ピアニストの方がいらして、演奏中の撮影をお願いしたら、ショパンのノクターンを弾いてくださいましてね。食事をしている時はご老人なんですが、ピアノの前に座ると芸術家の顔になるのです。さすがだと思いました」

異郷で出会った感動の瞬間をまるで少女のような笑顔で語る笹本さん。彼女はそのピアニストよりも実に一回りも年上なのだ!

「来年出る本がよく売れたら、今度はカリフォルニアに取材に行こうと思っています。以前訪れたナパ・ヴァレーで、またおいしいワインを飲みたいですね」

笹本さん、デジカメで
梅佳代さんを撮る!

笹本さんを梅佳代さんが撮影する今回のフォトセッション。梅さんの作品を見て「とても自然でいい写真を撮ってらっしゃる」と話す笹本さんが、撮影の現場にバラの花を持参。大感激の梅さんを前に「あなたのお洋服がセットに似合うわね」と、笹本さんが梅さんのデジタルカメラで彼女を撮影するという「事件」が!「一昨年初めてデジタルカメラを買ったばかり」という笹本さんに、梅さんが「私も!」と答える一幕も。

写真家・笹本恒子と梅佳代のフォトセッションの様子

笹本恒子さんの
長生きの秘訣5ヵ条

● 毎朝、自分に一度克つ。
● あえて年齢は明かさない。
● 朝はNHKの体操と英会話を。
● 夕食に一杯の赤ワイン。
● 好奇心をメモする。