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ホンマタカシと試行錯誤で遊び倒す、小津安二郎の画作り。SCENE 1 多摩川土手にて

小津映画の再現に必要なのは何か?小道具?昭和なモデル?いえいえ、それだけでは近づかない。映画で活躍する照明部隊と共に3つのシーンを撮影。ホンマさんが、本気で小津安二郎します。

photo: Takashi Homma / lighting: HIGASIX / styling: Yuriko E / hair&make: Hiromi Chinone / kitsuke: Fusae Saito / text: Toshiya Muraoka / edit: Naoko Sasaki / cooperation: GO-SUNS, ARC SYSTEM, Ishou rakuya-rental, Bar Lupin

どんよりとした曇り空が、今回の撮影には適していた。背景が雲一つない晴天では、小津のアンニュイな空気感は出ない。何より、と陽光が降り注いでいては映画のセットと同じ巨大なライティングを持ち込んだ効果が薄れてしまう。サンライトと呼ばれる巨大なライトを3台。正面から2つ、土手のカメラ側から1つ。「おお、すごいね?映画みたいだね」と楽しそうにカメラをセットしていたホンマタカシさんが、1枚目のポラロイドを切った後すぐに、こう言った。

「ローアングルばかりが言われているけど、小津のを再現するにはライティングも重要。でも、それって当たり前の話だよね。写真で撮るんだから、アングルとライティングが重要だってことはさ」

原節子と笠智衆が並んで遠くへと視線を投げる、かの有名な『東京物語』のスチール写真を再現するべく訪れた多摩川土手。舞台となった尾道の海沿いの堤防とは地面も背景も異なるが、その1枚目のポラは、すでに小津調。うーん、と少し考えて、ホンマさんは「座ってみようか」とモデルさんに声をかける。座って撮影した2枚目。小津らしさが増している。やはり現代のモデルさんは、背が高く、細すぎる。あの原節子のむっちりとした、いなたい感じと比べると姿勢が良すぎるのだろう。中腰で座らせることで小津に近づく。いや、昭和に近づくのか。

続いてホンマさんは、4×5のカメラのアングルを少し修正して撮影。少し空を多めに入れたポラを見ながら、レンズ選びについて解説してくれた。

「ヴィム・ヴェンダースが小津へのオマージュとして撮った映画『東京画』に、小津のカメラマンだった厚田雄春さんへのインタビューがあるけれど、その中に小津は50㎜のレンズしか使わなかったっていう話がある。それは奥の風景の歪みをすごく気にしていたからだと思う。こうして撮影しているとよくわかるけど、ワイドレンズだと少しあおっただけで歪みがものすごく出てしまうから、ビルの縦のラインが真っすぐにならない。
家の中の襖が映るシーンでも、どうしても歪んでしまうけれど、許せるギリギリのラインで選んだのが50㎜のレンズなんだよね。最近の映画を縦のラインに注意して観ているとよくわかるよ、もう家の中グニャグニャ。小津は縦のラインがキレイだから」

土手の向こうに見えるビルは、歪んでいるだろうか?ホンマさんにとっても50㎜は、よく使うレンズだという。やはり小津とホンマさんに、共通点はある。例えばランドスケープ。小津映画には必ずと言っていいほど風景のカットがシーンの合間に挿入されるが、あの画角について、ホンマさんはどう思うか。

「いや、しびれるよね。あのタイトな絵は。決まりすぎている感じもあるけれども、タイトな絵を4つくらい並べてリズムで見せるって、映画の文法からしたら特殊でしょ?普通広いところから始めて、下手したらカメラを動かして“はい、多摩川の土手ですよ”って説明するのに、小津はタイトな絵を並べて構成する。すごく写真家的だよね。写真集の考え方。以前、ワークショップで、“自分で撮影していない写真で写真集を作る”っていう課題を出したことがある。ある生徒がマンハッタンの雑踏が映っているシーンを抜き出して一冊作っていたんだけど、すごくカッコよくてさ。小津の映画でやったら、別の『東京物語』ができちゃうよね。それくらいカッコいいと思う」

アングルを決定し、人物を座らせたり、入れ替えたりしながら小津らしさを探していく。「少し呆けてみようか?」と笠智衆役の男子モデルに指示し、中腰に近い座り方に調整する。衣装や髪形を近づけたとはいえ、人物も時代もまったく異なるシチュエーション。今回は女性2人、男性1人のモデルにお願いしたが、その組み合わせによって小津らしさへの距離が変化する。それでも、奥にビルがあるにもかかわらず、『東京物語』に見えるのはなぜだろうか。まして、女の子が2人という映画の中には存在しない状況が小津に見えてくるマジック。

「このシーンは、人の組み合わせと日中シンクロがすべて。小津らしい要素として必要なのは構図だけじゃないってことがよくわかった。それから奥の空の分量が多い方が小津っぽく見えるかもね」

 撮影終了後、撤収をしている際に土手を歩いている幼稚園児たちを見て、「おっ、小津っぽい」と口にするホンマさん。見れば確かに小津の映画のようなワンシーン。ホンマさんのポラロイドには、ふとした瞬間を小津の映画に見せてしまう力があった。

当時を再現すべく
巨大なライトで照らす。

右/シャツ10,500円、スカート24,150円(共にMHL./アングローバル TEL 03-5467-7864)、カーディガン32,550円(エヌ・ワンハンドレッドTEL 03-6240-9701)、ソックス945円(ショセット/タビオ)、シューズ33,600円(アン トーマス/デ・プレ 丸の内店 TEL 0120-983-533)

実際に小津が使っていた機材に近いものをと、1970年代のものを使用した。残念ながら50〜60年代のものはほとんど残っていない。当時と現在のライトで最も異なるのは、その色。現在はHMIという強力なライトを使うが、当時は光の弱いタングステンライト。今回照明を担当してもらった東元丈典さんにも、どういう基準で小津がライトを当てていたかわからないというが、細かい機材がないため大胆なライティングになったのではと思われる。今回の場合は、出演者1人に対して1灯が基本。