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折坂悠太が初著書『薮IN』を刊行。ただ、薮をそこに置いてみたかった―― 現在地を語る

シンガーソングライター、折坂悠太による初の著書『薮IN(やぶいん)』が刊行。小説を着想源に初の展覧会「薮IN」がPARCO MUSEUM TOKYOで開催された。新たな表現に挑んだ彼に、九龍ジョーがインタビュー。

text: Jo Kuron / photo: Wataru Kitao

小説とインスタレーションで表現した
『藪の中』にいる感覚

「よければこの薮に、分け入ってみてください」

さる5月、ミュージシャン・折坂悠太による展覧会「薮IN」が、PARCO MUSEUM TOKYOで18日間にわたって開催された。渋谷PARCOの4階に「薮」を設置するという試み。着想は、自身の小説から始まったという。

折坂悠太

「以前から、なにか本がつくりたかったんです。今回の展示のお誘いがあって、それが実現できるかもと思って。展示の内容よりも先に、まず本について打ち合わせしていくうちに、私が短編小説を書くという流れになりました。舞台設定をどうするか考えていたら、なんでもない土地にある姉弟が降り立つという冒頭部が浮かんだ、二人が歩いていく先に、『薮』という言葉が見出されたんです」

小説の題名は「薮IN」。そのまま展覧会のタイトルにもなった。先行するイメージとして、折坂にはいくつか「薮」にまつわる記憶もあったという。

「書名は忘れてしまったんですけど、岡本太郎の本に、ただうっそうとしている薮の写真と、その場所の凄さについて書かれた文章があったんです。それが私の中にずっと残っています。

あと、私が育った千葉の家の周りは、ただなにもなくてだだっ広い場所がいっぱいあったんです。やがてそこは大型商業施設になったりするんですが、重機がたくさん置いてあって、さらに奥が薮になっていました。田舎と呼ぶにはそこそこ車が通ったりするし、なんの色気もない土地なんです。でも、私にとっては馴染み深い景色で、自分のアルバムの音源をチェックするときなどは、よくそういう場所を散歩しながら聴いています」

折坂悠太

展示は、暗い空間に『平成』『心理』のビジュアルを手がけた塩田正幸の写真や映像を配し、奥へと進んだ先に無数の草木が生い茂る「薮」のインスタレーション空間が出現するという構成にした。折坂自身も「薮」に何度か身を置き、会場で流す音源を即興的に演奏した。

「『薮』をテーマにした展示を渋谷の商業施設でするという時点で、わかっていたことではあったんですが、正直すべてが間違っているような感じがしたんです。企画としてタイトルをつける、ステートメントを書く、ポスターをつくる、グッズも売る。でも本来、自分がやりたかったのは、なんの情報もなく、『ただ、そこに薮がある』だけなんです。薮ってそういうものじゃないですか。薮を洗練させるなんて、もうどこをどうとっても間違っているわけで……」

こうした葛藤は、近年、活動の場がメジャーなフィールドへと急速に広がっている折坂にとって、いまに始まったことではないのかもしれない。さらに言えば、最新アルバム『心理』をはじめ、折坂の作品にはいつだってアンビバレンスな感覚が横溢している気もするのだ。

「最初に進んだ方向と振り返れば真逆に行ってる、みたいな感覚は常にあります。アルバムを出すごとにインタビューなどをしてもらうときも、そのつどで言うことが変わっている気もするし。先日、バンド(重奏)の人たちと『藪の中』について話したんです。私は芥川龍之介の原作は実は読んでいなくて、黒澤明の映画『羅生門』のほうを見ていたんです。けっこう忘れているところもありますが、『一つの事実でも、どの側面を見るかで違って映る』みたいな話ですよね。あとづけかもしれませんが、自分がそういう『藪の中』にいる感覚なんです」

折坂悠太

混乱する感覚そのものこそが重要

そこには、2月から続くロシアによるウクライナ侵攻も影を落としている。3月には、ウクライナへのサポートと戦争反対を呼びかける街頭アクション「No War 0305」に参加した。遡れば昨年8月には、新型コロナウィルスの感染拡大を懸念し、フジロックの出演を辞退している。いずれの行動も反響を呼んだ。同時に、折坂の心中にさまざまな感情が渦巻いていたであろうことは想像がつく。

「もはやなにをどう見て、どう発信しても、間違えてしまう気がするんです。『なにが正しいのか?』『本当にこれで合っているのか?』、人生でこんなにわからなくなったこともないんじゃないかというぐらい。本当になにもわからなくなって。

でも、逆にいま、ライブの現場ではやりたいことが明快なんです。見てる人たちに楽しんでほしいし、自分たちも楽しみたい。こんなふうに思えるのは、初めてかもしれない。だから、ライブでは吹っ切れていて、そのぶん、モヤモヤとしている部分を、すべて展覧会のほうへと持ち込んでしまった感じがします」

企画の原点ともいえる本も完成した。書名もまた『薮IN』である。短編小説やエッセイなど折坂が書き下ろしたいくつかの原稿のほか、折坂と親交の深い作家である坂口恭平とイ・ランの寄稿、さらに塩田正幸の写真が収められている。

「小説にはこれまでにないくらいパーソナルな部分を込めたつもりです。でも、少し辛いというか、情けなかったのは、ここから先は書けないと私が思ったラインを、イ・ランの原稿が悠々と超えていくんです。でも、私としては、『ここまでしかいけなかった』という感覚をいまは大事にしようと」

展覧会ために塩田とともに千葉の館山へとロケハンしたときにも、こんな経験をしたそうだ。

「薮を見つけて入っていくんですけど、例えばそこに大きな木が倒れていると、塩田さんも、私も、そこから先へは進まないんです。二人とも足が止まる。いちおう『でも薮INっていうぐらいですから、この先も行きます?』と塩田さんに言ったら、『いや、行かなくていいよね』と。暗黙の了解というか、その感覚は私も完全に共有していました。『自分はここから先は行かないんだ』というラインを初めて認識したというか。たまたま塩田さんと私は似ていましたけど、おそらく、そのラインは人によってそれぞれあるんでしょうね」

折坂悠太

ただ、薮をそこに置いてみたかった――。それは、成功という二文字がすなわち失敗となってしまうような矛盾した試みだったのかもしれない。それでも、折坂は言葉にしておきたいという。

「会期中も、もっと人を誘わないといけなかったんでしょうけど、どう誘えばいいのか……。喜ぶのではなく、厳しい顔をしてほしい、とこちらから言うのもおかしいですし。ましてや『こんなふうに感じればいいんだ』という見本なんてあっても、なんの意味もなくなってしまう気がして……。

結局、私自身がいちばん混乱しているんです。でも、いま世の中で起きていることもそうで、それを本当の薮にしてしまうほうが問題だと思う。見なければいい、スルーして黙っていればいいっていうのは、最も危険なことじゃないでしょうか。なので、混乱しているならしているで、包み隠すことはしないでおこうと思いました。そこで、語るべきことはまだあるはずなので」