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世界的に珍しい“株式会社のオーケストラ”〈ジャパン・ナショナル・オーケストラ〉。発端は、当たり前を疑うことだった

はじまったばかりの目新しい取り組みは、その分野を切り拓いてきた先人の試行錯誤を見聞きしたうえで、独自のアイデアを繰り出し生まれたもの。つまり、今考えうる最良の形の一つと言えるのではないだろうか。ここではミニシアター、ホテルなどの「最新」を紹介。手がけた人たちに、最良に至るいきさつを聞いた。

Text: Asuka Ochi / Edit: Emi Fukushima

最新までのいきさつ

18世紀半ば:グレゴリオ聖歌を起源にオーケストラのクラシック音楽がヨーロッパで発祥。

1926年:クラシック界をリードした〈新交響楽団〉が誕生する。

1966年:カラヤン来日公演を機に、「カラヤン・ブーム」が巻き起こる。

1968年:カラヤンに師事していた小澤征爾が、日本フィル首席指揮者就任。

2018年:〈MLMダブルカルテット〉が室内楽にして異例の約4,000人を動員。(1)

2021年:オーケストラ法人〈ジャパン・ナショナル・オーケストラ〉がはじまる。


〈MLMダブルカルテット〉
(1)反田恭平のもとに若手演奏家8人が集結。

世界的に珍しい
“株式会社のオーケストラ”の発端は、
当たり前を疑うことだった。

話を聞いた人:蛯原若枝(Japan National Orchestraプロデューサー)

BRUTUS

世界的にも稀なオーケストラの法人化ですが、そうするに至った経緯を教えてください。

蛯原若枝

2018年にはじめた男性8人の〈MLMダブルカルテット〉が室内楽で異例の動員数となり、翌年に〈MLMナショナル管弦楽団〉として17人に規模を拡大しました。

その年の公演で、ツアー用に作った¥500CDがあっという間に完売したり、熱量のある演奏が高く評価されて、さらなる成功体験を得た。何よりアーティスト自身が音楽活動を楽しんだ、そのすべてが伝わるような演奏会でした。

その公演があって、全力で音楽をやるという本来は当たり前のことが、普段の活動では意外とやれていなかったことに皆が気づいたんですね。ならばこれから、という時にコロナでコンサートができなくなってしまった。

仕事がなければ収入もなくなり、さらに音楽に専念できなくなる。それでピアニストで代表の反田恭平が問題を解決したいとメンバーと面談して、スポンサーの協力を得て〈ジャパン・ナショナル・オーケストラ〉として法人化し、衣食住すべてを提供できる環境を整えたんです。

奏者の不安定な収入を改善するために収入は給料制とし、社員寮や衣装も提供しています。メンバーは社員という形式ですが、出社する義務はなく、条件は年に2回のリサイタルと定期公演のみ。それ以外は、それぞれが自由に音楽に集中できる環境が整えられています。

BRUTUS

クラシックを取り巻く現状を、突破するためのヒントはどこから得ましたか?

蛯原

いま、クラシックを聴く年齢層はどんどん高くなっています。理由はいろいろありますが、一つにはカラヤン以降、誰もが知るスターが現れていないというのがあるでしょう。

モーツァルトの時代にはある意味大衆音楽であったにもかかわらず、歴史や伝統があって崇高なものとも思われがちです。反田はそうしたクラシックの現状に常に疑問を抱いてきました。

そんな時に彗星のごとく現れたのが、指揮者のテオドール・クルレンツィス。海外にはオーケストラを作る指揮者が多くいますが、彼もその一人。作曲家が作った共有の財産である譜面を深く読み取り、ベースを守りながらも新しいスタイルを築き上げ支持されています。

彼らはロシアの田舎の劇場に音楽のことだけに集中できる環境を整えていますが、そこから現状を打破する次世代のスターが現れるかもしれません。反田がそこに一つのアイデアを得たのはあると思います。

BRUTUS

今後の目標やビジョンはありますか?

蛯原

日本から世界に通用する精鋭を育てるのが一つ。クラシックに馴染みのない人に門戸を広げる目標もありますね。反田は常に現状がどうしたら良くなるかを考えています。

若手音楽家を中心とした音楽サロンも始動していますが、これも将来、学校を開くための足がかりですし、クラシックのフェスと呼べる音楽祭やコンクールも作りたい。まだまだはじまったばかりですね。