タイ・バンコク、街の息遣いを確認する旅〜後編〜

完成度の高いものより、生々しく粗削りなものを見たい。文化が盛り上がる過程に触れたい。目いっぱいの刺激を受けたい。そんな欲望を持ってバンコクに行った。「タイ・バンコク、街の息遣いを確認する旅〜前編〜」も読む

Photo: Satomi Matsui / Text: Yumiko Sakuma

みんなが好き勝手やる、
がバンコク流

これまで開発されなかったエリアで動きが起きるうちに、古い建物をリノベして転用する大型プロジェクトが登場した。この1年だけでも印刷工場をギャラリー兼共同スペースにした〈イェロ・ハウス〉や、戦時中に造られた倉庫を改造して、ショップやカフェに貸し出す〈ウェアハウス30〉ができた。

どちらも気の利いたコーヒーを出すカフェとショップがあって、週末イベントが目白押しだ。ショップでは、廃棄資材を再利用した気の利いたデザイングッズや、メタルのストローや携帯用カップなど、エコ志向の高いハウスウェアが、日本やアメリカから買い付けられたヴィンテージの衣類などと並んで売られている。

タイの先の国王ラーマ9世の死後、2017年に1年間の喪が明けて、今、若者たちが新たな時代の文化作りに燃えている。巨大な大都会のポケットや裏道に、どんどん小さなプロジェクトが登場する。そして当然、バンコクの盛り上がりの次にやってくるだろうジェントリフィケーション(高級化)を危惧する声もある。

新たに登場した複合施設のそばで、高級化を憂うグラフィティのキャラクターが悲しげな目をこちらに向ける。スペシャルティ・コーヒーショップでアメリカーノの相場は150バーツ。バンコク住民の収入を考えると贅沢品だ。ストリートのベンダーでは60バーツでご飯が食べられるのだから。

流入する富に、そして並行して盛り上がる文化のウェーブに誰もがアクセスできるわけじゃない。ストリートには、貧富の差を雄弁に物語る事象はいくらでも転がっているのだ。けれどバンコクには、文化を下支えする巨大な遊び場がある。

週末のチャトゥチャック(通称JJマーケット)や、夜の鉄道市場を訪れると、安価な大量生産品を売るおびただしい数のブースの合間で、地道にストリートから一攫千金の夢に挑戦する若いブランドを見つけることができる。このモノの山の中から新たな才能が発見され、大型モールに招聘されてブレイクするという。廃棄資材やヴィンテージの素材をリメイクする縫い手がいると思えば、メインストリームになる力を秘めていそうなデザイナーがいる。

市場のそこここに、若いバンドやミュージシャンたちが演奏する小さな舞台や飲食店がある。欧米やアジアから流れてきたヴィンテージの山を掘る「ディガー」たちと張り合って宝探しをするのもいいし、もう失われた方法で作られたタイの民芸品や食器の歴史を知るのもいい。こういう場所が存在するうちは刺激的な未来を想像することができる。

短いながら、どこに行っても海外から流入してきた人や文化とハングリーで貪欲なバンコクの若者たちがぶつかり合って放出されるエネルギーを浴びた旅。都会でスポイルされた刺激ジャンキーの自分が今求めているのは、完成されたものではない。粗削りでもハングリーな欲望とドライブが刺激脳に心地よく染み渡った。

Warehouse 30

ジャルンクルンの一角に昨年夏にオープンした複合施設。コワーキングスペース、家具の工場、ショップ、レストラン、イベントスペースなどからなる。平日の夜にはドキュメンタリー映画の上映会、週末には文化イベントを開催する。設計は〈ジャム・ファクトリー〉でも知られる著名建築家デュアングリット・ブナング。

YELO House

サイアムの中心街から裏道を入ったところにある元印刷工場を改装して、建築家や写真家などのクリエイティブ5人組が共同で立ち上げた創作スペース。ギャラリー、カフェ、レストラン、現像所、ショップなどの上に、複数のオフィスが入居している。裏口を出ると、川沿いの壁がタイ国内外のライターが描いたグラフィティに覆われている。

Chatuchak Weekend Market

ベンダーの数15,000といわれる週末市場(通称JJマーケット)。動物、植物から大型家具まで、考えつくありとあらゆる商品が扱われている。狙い目は成長中の新興デザイナー、ヴィンテージ衣類、タイのアンティーク、調理器具などが集まるコーナー。体力と時間、集中力がどれだけ続くかが勝負。

Talat Nat Rotfai Srinakarin

タイの若者たちにとって週末最大の遊び場、ナイトマーケット。夜の鉄道市場は、買い物の場でもあり、社交とエンターテインメントの場でもある。シーナカリン鉄道市場で人混みをかき分け進むと、入口から一番遠い奥地に、キュレーションされたヴィンテージのベンダーや気の利いた飲み屋などが集中する。周辺のプラカノンも今注目されつつあるエリア。

おいしい街の人が
集まるフレーバー

何しろストリート・ベンダーがミシュランを獲得するような場所なのだ。言うまでもなくバンコクはおいしい。タイ固有の味や欧米から輸入した料理はもちろん、気がつけばコーヒーも、クラフトビールも世界に誇れるレベルの味を実現している。

バンコクの若者たちが「~いいよ」と教えてくれるのに従って訪れた場所は、どこもそこでしか実現できない味やフレーバーを実現していた。そして独自のフレーバーの元に人が集まっていた。こうして並べてみると、共通してあるのは、海外からやってくる異質なものを取り入れ、タイのものと潔く混ぜながら新しいものにしてしまう姿勢だ。

コピーにならないのは味の素地が豊かだからか。バンコクはやっぱり、ほとばしる文化の波と「おいしい」を兼ね備えながらラグジュアリーでない、最強の旅のデスティネーションだった。

Ink & Lion Cafe

エカマイの大通りから一歩入ったところにあるスペシャルティ・コーヒーショップ。名物はここで作るワッフル。隔月のペースでアートショーを開催して、タイの作家を紹介する。気取らない古本が置いてあるような店。

103 Bed & Brews

今面白くなりつつあるといわれるチャイナタウンの一角に発見した6部屋だけの宿。ロビーにはクラフトビールとコーヒー・ドリンクを出すバーが。宿泊は1夜1,300バーツからとお得。こちらもロビーで不定期にアートショーを開催している。

Wallflowers Cafe

同じくチャイナタウンで人気を博すリノベ物件は、フラワーショップが経営するお茶とスイーツの名店。究極のインスタ映えの聖地だけあって味は確か。同じ路地裏に系列のレストラン〈ウォールフラワーズ・アップステアーズ〉も。

JAM

サトーンの高速脇の小道を入るところにあった気のいいエマージング系アートと音楽の店。小さなステージのあるバーや、2階のギャラリースペースで実験的なアートやパフォーマンスを開催する。ローカルと外国人が集う店。

JUA

〈スピーディ・グランマ〉の守り神だった違法カジノが閉鎖し、そのあとにできた日本酒と和食のバー。アジア各地で修業してきたアメリカ人シェフと酒を追い続けるフォトグラファーがオープンした、人が集まる店。

バンコクの地図

交通/成田、羽田空港から直行便で6〜6時間30分で、バンコクのスワンナプーム国際空港へ。
食事/庶民的な食堂では60バーツ〜程度でも、良質なエスニック料理を食べることができる。奥行きのあるスパイシーさ。
季節/3月中旬〜5月中旬の暑期、5月中旬〜10月の雨期、11月〜3月中旬の乾期に分かれる。年間の平均気温は27℃程度。
見どころ/市内には約400のワット(寺院)が点在している。ワット・プラケオ、ワット・アルン、ワット・ポーなどが有名。
その他/タクシーの配車には、アジアで拡大中のアプリ「Grab」がとても便利。