台湾映画の真髄は、歴史と向き合うこと
6月14日公開の台湾・日本合作映画『オールド・フォックス11歳の選択』に出演している門脇麦さん。演技の道に入る前から惚れ込んでいた台湾映画への出演は念願だった。
舞台は1989年、バブル景気に沸く台北郊外で、父と慎ましく暮らす一人の少年の人生の選択と葛藤を繊細に描いた物語だ。門脇さんが演じたのは主人公の父の幼馴染みである台湾人女性。セリフももちろん中国語だ。「撮影前、監督から長いお手紙をいただいたのですが、私が演じる女性について、生い立ちなどが細かく書かれていて、それはもうすごい熱量で!でもそこにこそ台湾映画の真髄があるのだと、完成した作品を観て思ったんです」
台湾は過去に日本や中国に統治されるなど複雑な歴史を辿ってきた地域だ。その事実から目を背けないという確固たる姿勢が、撮影現場にも満ちていた。
「私が演じた女性は日本統治時代が終わった後に中国大陸から移り住んだ人。“外省人”と呼ばれ、言葉の発音も少し違うそうです。これは劇中で語られることはありませんが、そうした細かい歴史的背景を現場の全員が共有することで物語にリアリティと抒情が生まれる。どんな時代を描くにもそこから目を背けては何も語れないという心意気を感じて、自分がなぜ台湾映画に惹かれてきたのか、わかったような気がしました」
冷静に丁寧に俯瞰する
門脇さんが台湾映画に初めて触れたのは高校時代。たまたま観た『ヤンヤン夏の想い出』に心を奪われた。「映像は湿度たっぷりで情感豊かなのに、ストーリーはドライで淡々としている。そのギャップに引き込まれて。なぜそんな作品が作れるのか。それは作る側がものすごい熱量を持っているのと同時に、常に俯瞰的な視点を忘れずにいる。そんな姿勢があるからじゃないかって」
好きな映画に挙げた『悲情城市』と『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』は社会情勢や実際に起きた事件をモチーフにした物語。「重いテーマで、センセーショナルな描き方になりそうな作品ですが、最後まで疲れることなく、美しささえ感じて観られます。でも観終わった後には心に何かが残る。作り手の感情をぶつけるのではなく、歴史や、そこに生きた人たちの思いを俯瞰して伝える。
そんな冷静で丁寧な作業があるからこそできる表現なのだと思います。そうしないことには台湾が内包する歴史の複雑さ、その先にある人々の生き方を描くことができないのかもしれません。実際に現場に入ってみて、台湾の映画界の方たちは、それを痛いほどわかっているのだと感じました」
映画作りに対する姿勢にじかに触れたことで、背筋が伸びる思いがした「自分の国の歴史や文化について、見て見ぬふりをしてしまいたくなることが誰しもあると思います。でも、それを直視することで生まれる表現も必ずあるはずです。台湾映画と、その現場で学んだことを、演技者としても、一人の人間としても心に刻みたいと思っています」
門脇麦が影響を受けた台湾映画3選
『ヤンヤン 夏の想い出』
台北で暮らす8歳のヤンヤン。祖母が病に倒れたことで家族の関係に亀裂が入っていく。「子供が主人公のほのぼのした映画と思いきや……。あらゆる意味でギャップに魅了されました」。監督:エドワード・ヤン/'00。
『牯嶺街少年殺人事件 4Kレストア・デジタルリマスター版』
実際に起きた男子中学生による殺人事件に着想を得て60年代の台湾社会を描く青春映画。「4時間近い長編でも飽きずに観られたのはこの作品が初めて」。監督:エドワード・ヤン/'91(リマスター版は2017年公開)。
『悲情城市』
日本敗戦から国民党政府樹立まで台湾激動の4年間を、ある一家の姿を通して描いた一大叙事詩。「フィクションとは思えない力強さのある作品。歴史を俯瞰する姿勢が色濃く見えます」。監督:ホウ・シャオシェン/'89。