都内某所、〈茶酔〉が開く茶会へ潜入
〈茶酔〉の茶会は、メンバーのオフィスで、ギャラリーで、そしてときには河川敷で……と、さまざまな場所で不定期に開かれている。取材当日伺ったのは、渋谷区広尾の某所にある〈Daily Practice Books〉。個人邸でありつつ本を扱っており、蔵書は借りたり買ったりすることができる。
ずらっと並ぶ書棚の通路を抜けると、想像以上の人数が。茶会初体験の人から常連まで、さまざまな人が参加していた。〈茶酔〉の茶会は基本的に2,000円ほどで、エントランス料のような扱い。何時間いても何杯飲んでも一律で、5〜6時間滞在する人も少なくない。
長い滞在時間の秘密は、中国茶の特性にありそうだ。日本茶が美味しく煎れられるのは3煎目ほどまでなのに対し、中国茶は5煎、6煎……と煎れ続けることができる。中には10煎目でも美味しい茶もあり、味や香りの変化をずっと楽しむことができるのだ。
茶会に決まったルールや作法はなく、ひとつの茶を何煎目かまで楽しみ切ると「今度はジャスミン茶にしようか」などと誰かが気分で次の茶を煎れ始める。そして全員に配られた茶杯(中国茶のカップ。おちょこのような見た目)に少しずつ注がれる。一杯1〜2口ほどの茶を、何回も飲むのが中国茶なのだ。
集まった人たちは、最近読んだ本のことや、茶の香りの感想などをおのおの話している。初対面の人同士でも自然と会話が生まれ、皆が知り合いなのかと錯覚するほど。一方、輪の中に入らず一人で本をめくっている人も見られる。振る舞いの自由さがここにはあるようだ。
「茶会」と聞いて想像するような堅苦しさや緊張感が全くないのは、中国茶による酔いのせいか、はたまた〈茶酔〉メンバーがつくり出す独特な心地よさによるもののせいか。確実に言えることは、ちびちびと長時間飲み続けていくことで場の空気感がほぐれていくということだ。
始まりは、はからずも茶酔を体験した台湾旅行
そんな懐深い場をつくっている〈茶酔〉のメンバーは、菊地翼さん、後藤桂太郎さん、坂間菜未乃さん、吉田芽未さんの4人。平日はそれぞれ別の仕事をしながら、ライフワークとしてこの活動を続けている。その始まりについて、後藤さんはこう語る。
「2019年に台湾旅行に行ったとき、ふと山の中の茶藝館を訪れてみたんです。その地域の銘品である鉄観音茶をいただいたんですが、夕方から飲み始めたのに気づいたら真夜中になっている、という体験をして。帰り道は言葉の通じない国の山奥で、遭難したも同然だったのに、とてもポジティブな気持ちで足取り軽く山を下りることができました。その現象を不思議に思い、日本に帰ってからいろいろな人に話を聞くと、『お茶に酔ったんだね』と言われたんです」
コロナ禍になる直前に体験した、台湾でのお茶酔い。同年に山形で「岩壁音楽祭」という高さ50mの断崖絶壁に囲まれた採石場跡が舞台の音楽フェスを開催していた後藤さんは、帰国後にフェスができなくなってしまったことから、音楽祭のメンバーと中国茶を飲み始めたのだという。
お茶酔いの体験に魅了された後藤さんは、本格的に茶について探究し始める。その過程で飲んださまざまな茶を紹介できる場をつくろうと、2021年の春には菊地さんと「お茶酔いポッドキャスト」をスタート。当初は山形で、汲んだ湧水で茶を煎れ、その場で飲むという実験的なことも試みた。
2023年には、ポッドキャストの中で出たアイデアが実現し、オリジナルの茶盤(中国茶を煎れる際に茶器を載せて湯を受ける盤)が完成。それをきっかけに茶会を開くようになる。
「茶盤があると、どこでも茶を飲む空間になるんです。この〈Daily Practice Books〉もそう。本を読みにきた人が、偶然開かれていた茶会に参加して気づいたら何時間もいてしまった、みたいなことが起きるのが一番嬉しいですね。僕らはあくまでも“お茶酔い”という体験を広めたいんです。必ずしも茶について詳しい必要はありません」
長居できる場所がないなら、自分たちでつくればいい
後藤さんがお茶酔いに惹かれた背景には、彼のアルコールに弱い体質があるという。
「人と集まるとなると、やはり飲み会になりがちですよね。でも僕はお酒が飲めないから、別の選択肢があってもいいはずなのに、とずっと感じていました。そんなときに茶で酔えると知って、初めてこれが自分のものだと思えたんです」
茶会は飲み会に対するオルタナティブになっていくのかもしれない。とはいえ、〈茶酔〉の開く場にはお酒の飲める・飲めないにかかわらず人が集まる。では、一体彼らは何を求めて茶会に集うのだろうか。
「目的もなく人と長時間過ごせる場が求められているのだと思います。僕自身、喫茶店に行っても並んでいたり、憩いや集いのための場所が少ないと感じていて。お茶酔いというのは熱い中国茶を何煎も飲んで、結果的になるものなんです。だから、例えば飲食店などで同じ体験を提供しようと思ったら回転率が悪くてビジネスにならない。逆に言えば、長居が難しい場所が街で生き残っているとも捉えられます」
リラックスしていること、そして長時間飲み続けていることがお茶酔いに至る二大要素であり、〈茶酔〉のメンバーは、日々忙しくてもそれを体現できる人たちであると後藤さんは語る。
「『岩壁音楽祭』も、自分たちのための空間がないな、という気づきから開催したんです。ないなら作ろうと。でも直後にコロナ禍になって、それもできなくなってしまった。茶会がフェスと違うのは、自分たちの手の中に収まるような小ささであるということです。ホストが頑張って開催する大きなイベントもいいけれど、誰でも開けるような規模感であることが、お茶酔いという体験が広がっていくには必要なことなんじゃないかと思っています。だから茶会では、初めて来た人にも煎れてもらうようにしていますね」
茶は場を生み出す
〈Daily Practice Books〉の茶会に参加していたKさんは、最近会社でも茶会を開いているという。オフィスの共有フロアで茶を振る舞っていると、他の会社で働いている人と茶を飲むこともあるそうだ。
「茶があると、場が発生するのだと思います。中国茶は、コーヒーや紅茶と違って一杯が小さいので同時に何人でもシェアすることができる。煎れて、飲んで、話して、そしてまた飲んで、という間もいいんです」(Kさん)
茶を中心に憩う、という場はどんどん広がっているのかもしれない。
そして、“茶が場を生み出す”というのは、まさに〈茶酔〉が体現していることそのものだ。後藤さんは、「これからも、茶のない場所に茶を持っていきたい」と語ってくれた。
茶には、お茶酔いには、肩書や目的意識を引き剥がしてくれる効果があるのかもしれない。〈茶酔〉が今後どういう場をつくり出していくのか、茶会コミュニティがどこまでカルチャーとして広がるのか、目が離せない。