“ノーラン兄弟”という才能に目覚める
「斬新で振り切った表現が魅力の兄のクリストファーと、その手綱を締めるかのように緻密に物語の世界観を作る弟のジョナサン。彼らの絶妙のバランスから繰り出される作品は、新しさとリアリティの双方が求められるSFの最先端を示しています」
映画監督の入江悠さんがそう評するのがノーラン兄弟。アカデミー賞の常連で今やハリウッドの巨匠となった兄に光が当たることが多いが、代表作には弟が共同脚本家として名を連ねるものも少なくない。例えばその一つが『インターステラー』。近未来を舞台に、人類が移住可能な惑星を探す宇宙飛行士を描いている。
入江さんいわく「宇宙と地球の時間のズレなど、理論物理学の要素を直球で扱ったSFらしい作品。科学的な整合性が突き詰められていて、2人の共作の真骨頂たる“ウェルメイド”な仕上がりです」。人物造形にも2人らしさが表れているという。
「強い個性はなく、目の前の事態に観客と一緒になって右往左往するのが本作の主人公。いわば作品世界に観客が入るための“乗り物”なんです。ほかの作品にも共通しますが、2人が人物よりSF的な事象を描くのを重視していることがわかります」
『インターステラー』
一方それぞれが独自に手がける作品からは、両者の違いも際立ってくる。「一人だとよりぶっ飛んだ表現になる」というのがクリストファー。顕著なのが『TENET テネット』だ。
「弟とともに彼がキャリア初期から試みるのが、時系列を入れ替えて物語を構成すること。直線的に進む映画媒体の特性に逆らうことが、彼らの作家性であり発明でした。それを単独作で突き詰めたのが、時間の逆行を題材にした『TENET テネット』。映像化しようと思いつくのも、やり切るのもすさまじい(笑)。あまりの複雑さに、科学的整合性があるのかすらわかりませんが、説明的にしない点に、“わからなくてこそ映画だ”と信じる彼らしさを感じます」
『TENET テネット』
片やジョナサンはどうか。振り切った作風の兄に比べれば「世界観の設計を生真面目に突き詰めていて、至極真っ当な人のよう(笑)」と入江さん。人間そっくりのアンドロイドがゲストをもてなす遊園地を舞台にしたドラマ『ウエストワールド』を、「SF的なビジュアル表現が圧倒的」と振り返る。一方彼が製作総指揮を務めるドラマ『フォールアウト』からは新たな一面も感じたそう。
「世界観を構築するうまさは引き継ぎながら、キャラクターが際立っていて物語がドライブしていく感覚に引き込まれた。彼らの作品で笑える場面があったのは初めてでした(笑)」
『ウエストワールド』
『フォールアウト』
SFの最前線を行くバランスの良い共作、独創性に振り切った兄の世界、緻密なSF世界を土台にのびやかに躍動する弟の世界。3様の楽しみ方ができるのも彼らの魅力。時に“難解”と評される作品群も「素直に受け取るのが一番」と入江さん。
「クリストファーは映画の“見せ物性”に自覚的で、人々を驚かせることに喜びを感じると公言しています。つまり高尚なメッセージを受け取ろうとせず、映像に身を委ねるので十分。彼らが次は何を見せてくれるのか、率直に楽しみです」