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ニューギニア島ハイランドの森、南洋に残った秘境の密林。精霊と“森の人”のすむ地へ Vol.1

ハブアニューギニア、と言われて地図を正確に指させますか?そこは赤道近く、原始の植生が色濃く残る島々。どこまでも森は深く、人はその森から恵みを受け取り、また畏怖すべきマサライ=精霊)を感じて今を生きる。現代に残った秘境の森を歩く。

Photo: Tadashi Okochi / Text: tsk

無数の生命がリンクする
緑の巨大ネットワーク

オーストラリアの北にあたる南太平洋の赤道近く、フィジーやニューカレドニアと共にメラネシアと呼ばれるエリア。ここにニューギニア島がある。
沿岸には美しい珊瑚礁、ヤシの木が茂る白砂のビーチが点在し、まさに南国の光景。一方で内陸へ入れば、そこは深いジャングルが埋め尽くす低湿地帯。さらに奥は4000メートル級の降々が響える冷涼な高地だ。

世界で2番目に大きいこの島の自然環境はそれだけに幅広く、多彩な生態系が展開している。草地や耕作地として開かれたエリアもあるが、依然として大半を占めるのは、原始さながらのジャングルだ。ノコギリ状の葉を茂らせ無数の気根を垂らすパンダナス(タコノキ)類をはじめ、大小の樹木には幾重にも蔦が絡まって無数の草花が着生。倒木の合間にシダ類が繁茂し、地表はコケや地衣類にべったりと覆われている。一歩ごとにまとわりつくような濃厚な大気は、森というよりむしろ海中にいるような感覚に近い。


その樹海のハイライトが、極楽鳥。英語でバード・オブ・パラダイス。その名にふさわしく極彩色の羽を持つ珍しい鳥だ。世界で全43種類のうち38種がここで確認されており、その姿は国旗にも描かれるシンボル的存在。繁殖期のオスは鮮やかな飾り羽を伸ばし、樹上のステージで激しいダンスを披露してメスの気を引く。このユニークな習性は、天敵が少ない環境で、身を守るよりも繁殖相手を上手に得るための進化ともいわれる。珍しい鳥類はほかにも数多く、この国だけで約800種にもなるという。どれもカラフルな姿が特徴で、ジャングルという緑の海に遊ぶ熱帯魚のような存在だ。ユニークな動物はそれだけではない。お隣オーストラリアで大地を飛び回るカンガルーが、この島ではなんと木に登る。「キノボリカンガルー」というそのままの名前を持つこの有袋類も、深い森への適応例。一方でヒョウやトラ、オオカミなどの大型肉食獣は存在せず、サルもいない。


そう、太古の時代から孤立したオーストラリアでは独特の生物が進化したが、その隣で影響を受けながらさらに独自化したのがこの島の生物なのだ。海面が低い時代にも孤立性は保たれたため、インドネシアなどの東南アジア一帯とはウォレス線あるいはウェーバー線と呼ばれる分布境界線で区切られ、別の生態系とされる。当然、昆虫についても事情は同じ。かつて鳥に間違われたという世界最大のチョウ、アレクサンドラ・トリバネアゲハはじめ固有種も数多という宝庫。

さらに植物では3000種類を超える最も多彩なランの産地だ。現在、世界で観賞用に栽培されるデンドロビウム類など多くはニューギニア原産とされる。2006年にもWWF(世界自然保護基金)の調査で30の新種が報告されるなどまだその正確な数は把握されていないのが実情に近い。文明の圧迫を受けながらも保存されてきた、世界で最も多様性の高い生態系。ニューギニア島の森こそ、進化の実験場と呼ぶにふさわしい大空間なのである。