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Netflixが変えてきたもの、見据える未来。ロサンゼルスのオフィスを訪ねて

「映画」の最前線をプッシュするNetflix。そのコンテンツ力を支える哲学と技術に迫る。

photo: Kazuharu Igarashi / text: Yumiko Sakuma

わずか4年前に初のオリジナル映画『ビースト・オブ・ノー・ネーション』をリリースしたNetflixが、気がつけば世界を代表するフィルムメーカーに変貌している。

DVDレンタルサービスとしてこの世に生を受けたスタートアップ企業が、映画の世界で名を轟かせる製作会社として数々の映画賞を獲得するという筋書きを、誰が予想していただろうか。

Netflix アイコン・タワー
2017年に完成したアイコン・タワー。現在、別棟を建設中。

まだ最もメジャーな家庭での映画観賞法が店舗でのビデオ・レンタルだった時代に、人々に忌み嫌われる延滞料金に目をつけて、DVDを郵送するサービスを始めたのが1998年のこと。

1000作品に満たないライブラリーやDVDの普及の遅れで最初の何年かは苦戦したが、2000年代には、競合相手だったレンタル企業の自滅やハードウェアの普及も手伝って、延滞料金の発生しない定額サービスの会員数を一気に増やした。

2007年には米国内でストリーミングサービスを開始し、2010年にはカナダを皮切りに海外進出に着手。2013年には初のオリジナルドラマシリーズ『ハウス・オブ・カード 野望の階段』の制作を開始し、独自のコンテンツをも作るエンターテインメントのプラットフォームに成長した。

いま、私たちが当たり前のように享受している、家にいながらにしてコンテンツのストリーミングを受信できる環境も、「見放題」のエンターテインメントのサブスクリプションモデルも、Netflixがなければ生まれなかった可能性すらある。

世界中で1億5000万人の会員数を誇るエンターテインメント界のメジャープレーヤーに成長したNetflixが存在しなければ、いまの映画を取り巻く風景はまったく違うものになっていただろうことには、疑問の余地はない。

Netflixがコンテンツを作ることにどれだけ本気であるかを如実に表すのが、ロサンゼルスに構えたオフィスである。映画やシリーズ作りにおけるイノベーションの最前線に関わる人々を、Netflixのクリエイティブ業務が執り行われる制作本部に訪ねた。

映画へのアクセスの
ハードルを下げた。

巨大なサイネージが壁を覆い、『ROMA/ローマ』のアカデミー賞をはじめ数々の賞がケースに飾られるロビーを通る。まず最初に訪ねたのは、オリジナル映画とドキュメンタリーを統括する部門のバイス・プレジデント、リサ・ニシムラ。

Netflixオリジナル映画のエンドロールで、プロデューサーとして名前を見かけたことがある向きも多いに違いない。
まだDVDのレンタル企業だった頃に、バイヤーとして参加したのは12年前というベテランで、Netflixのリッチなコンテンツは彼女の手腕によるところが大きい。

別の映画会社で海外のインディ作品やドキュメンタリー作品の買い付けを担当していた時代にNetflixと縁ができ、請われていまの仕事を引き受けた。

「当時の映画界は、流通のチャンネルがバラバラで、一貫性がなかった。海外の作品を観るのに、何ヵ月、時には何年もかかったし、アクセスできない作品も多々あった。
やろうとしたのは、そのハードルを下げることに成功したら、アメリカの視聴者は北欧のホラー作品やボリウッド映画を観るだろうか?という実験でした。

そしてその答えはイエスだった。この広い世界で、文化的な体験は多様でも、国境を超えられる普遍的な体験がある。映画はそれをつなぐ媒介になり得る」

Netflixがストリーミングのプラットフォームに脱皮し、さらにはコンテンツメーカーに発展するさまを内部で体験したリサ。いつしか自身の仕事も、地味でも優秀な作品や多様な外国語映画のポートフォリオを構築するための買い付けから、作品を広義に「プロデュースする」ことに拡大した。

「Netflixの映画製作との関わり方は柔軟です。映画祭に出向いて配信の契約をするだけの場合もあるし、製作や予算のサポートをする場合もある。新聞記事や小説に原案を発見し、脚本家やプロデューサーのチームを組む最初の段階から関わることもあります」

リサは、Netflixのゴールを「会員たちに喜びを届けること」と表現するが、実際にゴールの達成度を測る指針は、会員の数と視聴時間。その2つを最大限にするためには、会員たちが観たいコンテンツを届けるしかない。

「問題は会員が多様だということです。そのうえに、いまだったら一人のユーザーでも、火曜日なのか、週末なのか、1人で観るのか、または家族と一緒に観るのか、家のスクリーンで観るのか、それとも機内なのか、といった状況の条件によって、観る作品を決めているかもしれない。
彼らにリッチなコンテンツを届けるためには、世界で一番の才能を集めて映画を作るしかない」

バイス・プレジデント・リサ・ニシムラ
リサ・ニシムラ(バイス・プレジデント フィルム・ドキュメンタリー)/カリフォルニア出身の日系アメリカ人。Netflixがプロデュースするコンテンツを統括するバイス・プレジデント。「入社してから一日と同じ日がない」と本人の弁。

テック企業だから生まれた
プロダクション用アプリ。

いい作品を、それも驚異的なスピードで作るためには、クリエイターたちが創作に集中できる環境作りがカギだとリサは言う。そこで、Netflixがテクノロジー企業であることが光ってくる。映画製作の現場で使うためのアプリをわざわざ開発したというのだ。

製作の現場のテクノロジーを担当するエイミー・トーニンカサと、エンジニアのクリス・ゴスに、くだんのアプリ「プロディクル」を見せてもらいに行った。

情報共有アプリ「プロディクル」
映画制作の現場で使用するために開発された情報共有アプリ「プロディクル」。

「映画の現場ではいまだに多くのコミュニケーションが無線や書類で行われています。クルーの仕事は、書類の整理に追われることではなくて、創造すること。
スケジュールやロケ地などの情報共有を簡素化し、コミュニケーションを円滑にすることで彼らが映画作りに集中できるよう考案したアプリです」(エイミー)

これまで映画業界では、フリーランスの労働力が多く、仕事の期間が短い分、現場に一貫した技術を導入しようという意思も働かなかった。

「フリーエージェントの多い業界なだけに、トップからの指示がなければこの手の技術は浸透しない。Netflixなら、製作のボリュームが大きい分、技術に投資することに意義がある」(クリス)

いま、2人のチームは、Netflixのオリジナルコンテンツの制作現場に「プロディクル」のパイロット版を導入し、映画製作の効率化に着手しているという。

ディレクター プロダクト・コンテンツ・エンジニアリング・クリス・ゴス、エイミー・トーニンカサ・エイミー・トーニンカサ
(左)クリス・ゴス(ディレクター プロダクト・コンテンツ・エンジニアリング)/プロダクト・マネジメント部門のディレクター。ポートフォリオを管理する技術と、映画製作の現場の情報を統合するアプリを開発する“プロブレム・ソルバー”。
(右)エイミー・トーニンカサ(ディレクター スタジオ・テクノロジー)/スタジオ・テクノロジー部門のディレクターとして現場へのテクノロジー導入を統括する。技術を担当するロスガトスの本社とハリウッドのオフィスを行ったり来たり。

積極的な多言語化が、
未開の海外市場を攻める武器に。

Netflixがこうした革新に乗り出すことができるのは、その世界規模の展開スケールがあるからだ。190ヵ国以上に配信し、14都市にオフィスがある。
展開する先々でそれぞれの地域独自のコンテンツを作る。そして多様な場所で作られたコンテンツを、最大28ヵ国語で配信する。

これが何を意味するのかを理解したのは、ロサンゼルス市内のスタジオで行われていたボイスオーバーの収録の現場を訪ねたときだ。日本語のアニメに英語のボイスオーバーをつける現場で迎えてくれたのは、クリエイティブ・ダビング部門のマネージャー、アレックス・ジョンソン。

いま、Netflixのオリジナルコンテンツの多くが、28言語を対象にしている。そのほかにもアニメ、キッズ向けの作品を中心に、吹き替えタイトルを増やす努力がなされている。それを牽引しているのは市場の需要だ。

「アメリカ市場では、伝統的に映画の世界で、吹き替えよりも字幕が好まれるといわれてきました。多くの視聴者はどちらかを選べと言われたときに“字幕”と答えるのです。ところが視聴データを見ると、反対のことがわかりました」

Netflixが英語の吹き替えに初めて挑戦したのは、2016年のこと。フランス語作品『マルセイユ』の吹き替え版をリリースしたところ、予想以上の視聴が記録された。以来、一つの作品につき最大28の言語で提供することになった。

これをクオリティをもって実現するために、Netflixはそれぞれの言語が使われる場所で吹き替えの脚本を作り、サウンドスタジオと提携し、監督を配置して、オーディションで選ばれたネイティブの声優を使って吹き替えの作業をする。

そして、字幕版とともに、全世界同時リリースのローテーションに乗せる。これにどれだけのマンパワーとリソースが使われているかを想像しただけで圧倒されるが、Netflixはこの多言語化に商業的な好機を見ている。

「77億人の世界人口のうち、英語を理解するのはわずか5%だ。そう考えると、吹き替え市場のポテンシャルは計り知れないほど大きい。リソースを投入する意義のあるスペースだと考えている」

マネージャー クリエイティブ・ダビング・アレックス・ジョンソン
アレックス・ジョンソン(マネージャー クリエイティブ・ダビング)/多言語化の専門家としてNetflixに入社。独自コンテンツの吹き替え(ダビング)オペレーションを統括するマネージャーとして、国際流通に貢献する。

ストーリー最優先主義が
「映画」の可能性を広げる。

Netflixの国際市場への野望はとどまることを知らない。市場の大きさに無限のポテンシャルがあり、そこにエンターテインメントを届けるロマンがある。

リサ・ニシムラがこれまで世の中に出す手助けをしてきた作品のリストを見ると、『天才の頭の中:ビル・ゲイツを解読する』やサー・デヴィッド・アッテンボロー動物博士のシリーズ『Our Planet』など、環境をテーマの一つにしたドキュメンタリーが多いことに気がつく。

「地球や自然は、一つの国に属するものではない。環境も、水も、地球に属する人々が共通の存在として共有する必要があります。違う国に属する人々が、共通認識を持つための機能を、願わくばストーリーが果たすことができるのだと信じたい」

Netflixがストリーミングの雄として評価される理由の一つに、社会問題や環境問題を扱った多様なドキュメンタリーのライブラリーがある。社会への提言を役割の一つだと考えるかリサに尋ねた。

「最大のゴールは、まず第一に娯楽を届けることです。けれど同時に、いまの世の中にとって重要なストーリーを、映画としての美しさを追求しながら、フィルムメーカーの目を通して、グローバルなレンズに乗せることができる」

それを達成するために、リサが立ち戻るのは、ストーリーと作り手のクリエイション最優先主義だ。そしていま、そのアプローチが、既存の「映画」「ドラマシリーズ」というカテゴリーをも溶解させつつある。

「私の仕事が一番楽しいのは、ある一つのストーリーに命を吹き込むために、どう構築するのかをフィルムメーカーたちと話し合う作業。最善の方法で物語を伝えるために、映画がいいのか、ドキュメンタリーがいいのか、シリーズがいいのか、まっさらなキャンバスから始めることができるのです」

Netflix 制作部門のオフィス
ハリウッドのサンセット・ブルバードに構えたNetflixの制作部門のオフィス。コンテンツ制作に関わるフィルムメーカーたちが、巨大なスクリーンに最新の作品が映し出されるロビーを通って出入りする。

Netflixの「いま」を知る
オリジナル作品リスト。