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深澤直人が人間国宝をキュレーション。ベネチアで日本のクラフトマンシップをお披露目

クラフトマンシップも人間あってこそ、というテーマを掲げベネチアで「ホモ・ファーベル2022」が開催された。日本と世界、デザインとアートを繋ぐキュレーターとして、深澤直人が登場。日本の人間国宝12名と、その選定理由について話を聞いた。そして、自身のデザイン哲学へと話題は広がる。

text: wakapedia

イタリアのベネチアで開催された「ホモ・ファーベル(Homo Faber) - ヨーロッパと日本の人間国宝の受け継がれるべき希少な職人技」は、非営利団体であるミケランジェロ財団が主催する、 クラフトマンシップに特化した国際的な展示会だ。今期のテーマは『Living Treasures of Europe and Japan(ヨーロッパと日本の人間国宝)』。日本とヨーロッパ双方の職人やその技術に敬意を表している。

展示会のロゴマーク
「Homo Faber Event 2022」のキービジュアル。和テイスト満載だ。

日本が誇る職人技も大きなテーマ

会場は15のスペースからなり、それぞれ、ミケーレ・デ・ルッキやジュディス・クラーク、ロバート・ウィルソン、深澤直人、ステファノ・ボエリといった、世界で活躍中の名だたる建築家、デザイナー、演出家、22名がキュレーションを務めた、豪華すぎるラインアップも見どころの一つだ。

そして、今年の目玉が、日本が誇る12名の人間国宝の作品というのだから、見逃すわけにはいかないと駆けつけた。

ロバート・ウィルソンがキュレーションしたスペース
ロバート・ウィルソンがキュレーションした、エキシビションスペース。テーマは「WAITING with peace and darkness」。

さらに、会場内には〈ピアジェ〉〈カルティエ〉〈千總〉〈エルメス〉といった著名なブランドや工房の熟練職人が作業を実演する様子を目の前で見ることができるスペース、「Details:Genealogies of Ornament」(ディテール:装飾の系譜)も設けられている。

例えば、時計ブランドの〈ピアジェ〉のブースでは、約150年にわたり受け継がれてきた、エングレービングなどの金細工に関する職人技を見ることができる。さらに、レザーバッグブランドの〈セラピアン〉のブースでは、ラムナッパレザーのリボンを熟練職人の手で一つ一つ丁寧に編みこむことで、独特なグラフィックを生み出す、「モザイコ」に心を奪われた。

どのブースも見どころ満載で、それぞれのブースに、繊細な技術と職人一人一人のストーリーが詰まっているのだ。

ジュデイス・クラークがキュレーションした部屋
ジュディス・クラークが編集したスペース「Details:Genealogies of Ornament」。

大注目の展示「12石庭」

深澤直人と、MOA美術館と箱根美術館の館長を務める内田篤呉が共同キュレーターを務めた「12石庭」は、今回の「ホモ・ファーベル」の目玉といえる展示の一つ。ナポレオン軍によって略奪されてしまった巨大な絵画、『カナの婚礼』の複製が壁全体に広がる部屋の中に、日本の石庭の飛び石に見立てた12個の展示台。

べネチアの宝とも言えるパオロ・ヴェロネーゼの絵画の華やかさとは対照的に、陶磁器や織物染色、漆器など、重要無形文化財保持者(人間国宝)の作品が静かに並ぶそのコントラストに心打たれる。

シンプルで力強い展示とは裏腹に、とてつもなく繊細な作品の一つ一つに思わず息をのみ込む。職人技術を要し、完成に至るまで情熱や努力のすべてが注ぎ込まれた、圧倒的な存在感と神聖さ。会場と一体となったこの展示場は、ヨーロッパと日本の一見対照的とも言える双方の職人芸に、互いが敬意を払っているかのようだ。その中で、日本らしさが上品かつスマートに引き出されていると感じた。

まさに今回のテーマである「Living Treasures of Europe and Japan(ヨーロッパと日本の人間国宝)」を形にしたキュレーションだと言えるのではないだろうか。幸運にも「12石庭」をキュレーションした深澤直人に、会場でインタビューする機会に恵まれた。話題は、展示についての話に始まり、世界における日本の在り方、アートとデザインの境目、良いデザインについてなど、興味深いテーマへと発展していく。深澤直人の哲学に触れてほしい。

12石庭
深澤直人がキュレーションしたスペースは、12の飛び石からなる石庭をイメージ。

深澤直人は語る〜キュレーションについて〜

今回のホモ・ファーベルのテーマは「Living Treasures of Europe and Japan(ヨーロッパと日本の人間国宝)」です。現役の職人やその技術、伝統を守り、次の世代へと引き継ぐことを目的につくられた、日本の人間国宝という概念に注目しています。ヨーロッパにおいてもクラフトマンシップを語るとき、人や技術というものが、常に軸となるということですよね。

では、なぜ私がキュレーションに加わったのかについて少しお話ししましょう。おそらく、展示テーマが決まったとき、誰に人探しを委ねるかという話になったんでしょうね。

生粋の職人というよりは、ヨーロッパと日本のカルチャー、デザインと職人技術という両方の観点を持つ僕にオファーが来たようです。それに、人間国宝はご年配の方も多いですから、僕みたいな日本人がいた方が安心だし、信頼してくださるってことでしょうね。そういう役割だと思っています。

深澤直人は語る〜アートとデザインの境目〜

アートとデザインの境目についてよく聞かれますが、アートは人に刺激を与えるけれど、それが必ずしも美しいとか、良し悪しで判断できるとも限らない。でも、デザインは不特定多数のための道具作りに徹する必要があるし、美しくなければいけない。それでいて説明しなくても、見たり、使ったりして瞬間的にわかるっていうことが一番重要です。

深澤直人は語る〜良いデザインとは〜

物と使い手の関係が美しいことも大切なんです。きれいな椅子やソファは、その人を綺麗に座らせてくれます。スプーンをたくさん持っているけど、実際に手に取るのはいつも同じスプーン。デザインっていうのはそういうものであるべきだと思います。

そもそも人間は「考えていること」の間に歩くとか食べるとか寄りかかるとかっていう無意識に近い行動をしていますね?考えてもいないけれど、自然と一番良いところに寄りかかれたり、居心地良い場所に立ったり。それは、人間に備わっている基本的な機能のおかげ。だから、「あなたは何を考えていて、何が好きですか?」と考えるより、「あなたの自然な動き」の中から学んだ方がいいでしょう。

私は、例年ミラノで開催される世界最大規模の家具見本市「ミラノ サローネ」を大切なステージと考え、そこに向かって仕事をしています。イタリア人のデザインというのは、良いものを哲学的に追求し続けますね。考え続けるんですよ。逆に日本は自分たちでアイデアを生み出すというよりは、応用するのが上手。

深澤直人は語る〜日本に必要なこと〜

今回の展示を通して、アートやクラフトマンシップだけでなく、デザインにおいても、もっと人間にフォーカスすることが大切だと思いました。日本人は特に、デザイナーの出身国とデザインを結びつけたがるけれど、国や文化にとらわれることなく、世界中どこでも仕事ができるようにすることが大事ですね。

そしてもう一つ。海外に来るたびに日本に足りないと思うのはパブリックなデザイン。個人の消費者に向けてのデザインではなく、街や公共性の高い空間におけるデザインに力を入れたい。

例えば、みんなが通る並木道にどんな樹を植えるか、エレベーターやエスカレーターのデザインをどう美しくするか。普段何気なく通る道や、当たり前のように使っている装置や物が、ある日突然、何だか綺麗にデザインされていたりしたら、「あれ?」って思いませんか?

そういうちょっとの「あれ?」の積み重ねが人間を幸せにしているのです。どこか遠くを旅して、美しい絶景を見て、感動することが幸せって思っている人が多いですが、本質は日常の中にある、いつもより少し上の快適感や、なんとなくの心地よさみたいなちょっとしたことにあって、それが幸せに繋がっているのですから。