やり場のない思いを抱えた主人公の“格闘”を描く、映画『ナミビアの砂漠』公開
なんて自由奔放な映画だろう?山中瑶子による初めての商業長編作『ナミビアの砂漠』は、性悪で暴力的な主人公像も、大胆で創造的な演出も、まったく型通りじゃない。
河合優実扮する主人公カナが、2人の恋人を支配し、獰猛な感情に自ら呑み込まれていく、その生々しいドキュメントみたいにも見える。本作は今年のカンヌ国際映画祭で国際映画批評家連盟賞を受賞。女性監督としては史上最年少となる快挙を果たした。
自分が観たいものを作りたい
——作品の随所に、他の映画ではほとんど目にしない、自由で型破りな演出が見られます。これまでにない映画を作りたい、という気持ちはありましたか?
山中瑶子
新しい映画を作りたいみたいな考えはそんなにないんです。型は大事だと思うので、いつも参考にする映画を用意して、スタッフやキャストと共有しているんですけど。
——今回はジャック・オーディアールの『パリ13区』やショーン・ベイカーの『レッド・ロケット』を参考にしたそうですね。
山中
あとロウ・イエの作品を観て、生々しいところがいいなって。ジョン・カサヴェテスやモーリス・ピアラも観ました。ただ設定やロケーションは、観たことのないものが好きで、だからカナの職場を脱毛サロンにしたんです。まだ映画では観たことがなかったから。そう考えると、これまでにない映画を作りたいという気持ちはあるのかもしれませんね。撮影現場では、その日の私の気分や、スタッフやキャストの気持ちをいちばん大事にして、それまで準備してきたことはいったん置いておく、というやり方でした。毎日現場が楽しかった。もしこの映画が自由に見えたのなら、それは現場の風通しが良くて楽しかったからだと思います。
——カナを通じ、今回描きたかったのはどんな女性像ですか?
山中
20歳前後の年齢のときって、自分の奥底にふつふつと湧き出る感情を、うまく飼い馴らすことができませんよね。私自身がそうでした。でも最近、感情を静かに見つめられるようになってきたなと思って、私も成長したんだって(笑)。その変化を描きたいと思っていました。そういう意味では、そこに性差はない気がしますけど、ただ映画の中で見る女性ってあまり主体性のない役割を担うことも少なくないなと。そういうキャラクターにはしたくないということは、明確に考えていました。
——河合優実さんが主演でなければ、カナはこういう人物像にはならなかった?
山中
なってないですね。これまでの出演作を観てきて、抑圧されていて、うまく感情を出せない役柄が多かった気がするので、もっと感情を出してあげたいと思ったんです。
——カナは山中さん自身の分身でもありますか?
山中
カナだけでなく、キャラクター全員に私の要素はあると思います。私の場合、映画作りを通して、自分の思考を整理することが大きな目的の一つなんですね。映画を作っていない間は怠惰でサボりがちなので、日々いろいろな情報や感情を受けても、流してしまいがちなんです。その都度あまり向き合えていなかったことを、紙にバーッと書き出して、こことここはつながっていて、とか整理していくと、脚本が書けそうな一本の筋が見えてくるんです。
——この作品を恋愛映画として捉えるなら、ここには山中さんのリアリストの面、ロマンティストの面のどちらが出ていますか?
山中
自分をロマンティストだとは思わないです。でも映画を作るなら、ロマンティックな方がいいかも。ルカ・グァダニーノの『チャレンジャーズ』は観ましたか?あれはどうなんですか?
——ロマンティック系のメロドラマですよね。
山中
漫画みたいで、リアリティはないですよね?あれを観たときに、これはちょっと私には無理だなって、謎の敗北感を感じたんです(笑)。私もあんなふうに遠いところへ行きたい。ロマンティックとかリアルとかを優に超えた境地、そういう映画を作ってみたいです。
——だとしたら、ほかの人には作れない映画を撮りたいという欲求が、やっぱり強い方じゃないんですか?
山中
ああ、そうなのかな。いろいろな映画があって、いろいろな人物が描かれることが世界にとっていいことだと思っているので、そういう意味では観たことのないものは観たいです。自分の観たいものを作るのが幸せなことだと考えたら、きっとそういうことになりますね。
——お話を聞いていて、山中さんが今後どんな映画を作るのか、まったくわからなくなりました。
山中
たしかに。作っているときの気分が作品に強く出るんですよね。次作を観たら、驚くかもしれません。『ナミビアの砂漠』の数ヵ月後に撮ったのに、トーンが全然違うので。だから私自身も、今後何を作るのかよくわからないです(笑)。