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音楽家・中島ノブユキがパリから一時帰国。多彩な活動とアルバムのレコード化を語る

自身の作品に限らず、サウンドトラックの作曲やオーケストラの編曲など幅広く活躍し、現在はパリ在住の中島ノブユキさん。2006年に発表した自身のファーストアルバム『エテパルマ〜夏の印象〜』のアナログ化に際して一時帰国中。作品のことや、なぜパリに拠点を移したのかなど気になる話を伺った。

text: Katsumi Watanabe / edit: Emi Fukushima

2017年に、東京からパリに拠点を移して活動している中島ノブユキ。ピアニストとしてレコーディングやコンサートで演奏することはもちろん、自身の作品やサウンドトラックの作曲、そしてオーケストラなどの編曲と、さまざまな分野の作品を手がけ、八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍を見せている。

現在は4月から南仏はニースで開催予定のシャルル・アズナヴール生誕100年記念公演準備の真っただ中。多忙なさなかにもかかわらず、06年に発表した自身のファーストアルバム『エテパルマ〜夏の印象〜』のアナログ化に際して一時帰国。現在の活動状況を伺いながら、まず気になるパリへ拠点を移した理由。話は11年に来日した、ジェーン・バーキンとの出会いに遡る。

「東日本大震災の直後、ジェーンが単身で来日し、4月6日に渋谷クラブクアトロで『震災復興支援コンサート Together for Japan』を開催することが決まり、友人であり〈Double Famous〉のトランペッターである坂口修一郎くんから、その伴奏の依頼が来ました。

渡航制限があり、バンドやスタッフは帯同できなかったため、本当にジェーン一人でやってきたんです。東京の被害も大きく、なかなかミュージシャンの都合がつきませんでしたが、坂口くんとバイオリンのマレー飛鳥さん、ドラムに栗原務くんという編成に落ち着いて。

僕が編曲をしましたが、バイオリンとトランペットの音域が近いため、どうしてもサウンドとして溶け合わない。普通なら、この編成にはしないけど、偶然が重なった結果本当に新鮮な編曲になりました。本番では5、6曲やったかな。偶然生まれたサウンドが、ジェーンの心にヒットしちゃった。

その時、彼女にはUSツアーのオファーが来ていて、公演内容などは未定だったところ、東京の僕らのバンドサウンドが気に入り“このバンド編成で行く”と、パリのマネージャーへ連絡したそうです。編曲家冥利に尽きる話でしたね。それがワールドツアー『Jane Birkin sings Serge Gainsbourg “VIA JAPAN”』に発展していきました」

パリと東京を、月に2往復

『VIA JAPAN』は、USとアジアなどの公演には前述の東京のメンバーを、ヨーロッパ公演ではドイツを拠点に活動する山根星子(タンジェリン・ドリーム)をはじめとして、パリに住む日本人音楽家を迎え、2014年まで公演を重ねたという。

「ツアーが一段落した後、“楽しかったなぁ”などと思い出に浸りながら、東京で新しい仕事に取り掛かっていたところ、再びジェーンの芸術監督であるフィリップ・ルリショムさんから連絡があった。彼女がモントリオールのオーケストラと公演する予定があり、その編曲の依頼だったんです。

実は『VIA JAPAN』の最中、僕が音楽を担当した映画『悼む人』やオーケストラサウンドのNHK大河ドラマ『八重の桜』を手渡してあった。それを気に入ってくれて、指名してくださったようです。16年の初演の前から、渡仏する機会が増え、多い時は月に2回往復することもあって。オーケストラ公演は好評を博し『GAINSBOURG SYMPHONIQUE』としてワールドツアーに。そこで17年に、家族と相談し、思い切って移住することに決めたんです」

17年にはスタジオレコーディング盤『シンフォニック・バーキン&ゲンズブール』が発売。20年まで続いたツアーなど、すべてに中島さんは同行したという。ジェーンは音楽家として確固たる信頼を寄せつつ、ピアノに向かう中島さんの姿を見ることで安心して歌うことができていたのかもしれない。

「彼女の声の魅力は、ご存じの通り、脆くて小さなところにある。それゆえに、大編成のオーケストラとの共演に少し躊躇していたようです。編曲の核心は“ジェーンのフラジャイルな声を、どう生かすか”というところにありました。

彼女の歌声がある間は、比較的薄めの伴奏にして、声が消えたら、別の楽器が立ち現れオーケストラ全体を導いて膨らませていくような。オペラなどで使われる技法を参考に編曲していきました。

『シンフォニック〜』のレコーディングは、ポーランドの指揮者とオーケストラによる演奏。ボーカルは別録音ですが、オケのスタジオにはジェーンも同行しました。彼女が少し歌うだけで、指揮者や演奏者、エンジニアまでが、サウンドの方向性を理解してしまう瞬間があって。

あとは余計なことを言わず、ただニコニコしているだけ。存在感が強いことを、自身で理解しているのか否か、いまだにわかりません。コンサートでも、歌うはずの小節を間違えてしまうのですが、とにかくニコニコの笑顔で乗り切っちゃうんです。

とはいえ、本番中は、そのズレを修正しなければなりませんから、僕の譜面には彼女へアイコンタクトを送るタイミングを示す、オリジナルの記号が、そこかしこに書かれています(笑)」

『GAINSBOURG SYMPHONIQUE』の一幕
2017年11月4日にラジオ・フランス・オーディトリアムで開催の『GAINSBOURG SYMPHONIQUE』の一幕。撮影は梶野彰一さん。

演奏家への当て書きの音楽

2年からツアーで世界中を巡り、多忙を極める中でも、映画やドラマの劇伴からCMソング。そして短いインターバルで、自身のピアノソロ作『カンチェラーレ』、アンサンブル作『散りゆく花』なども発表しているから驚かされる。

「僕の音楽が、誰かに演奏してもらうアコースティックサウンドだからですね。自分で楽譜を書き、ミュージシャンをブッキングし、スタジオを押さえたら、そこで僕の仕事は半分おしまい(笑)。あとは演奏してもらい、ミックスしていく。終わりが見えやすい音楽なんです。

デビュー作『エテパルマ』に端を発し、以降続くことになるピアノとバンドネオン、ギター、コントラバス。曲によっては弦楽器が入るという編成のサウンド。これを一言で説明するなら室内楽です。そのつもりで作ってきましたが、後から思い返してみると“当て書きの音楽”だった。

映画の脚本に用いられる手法で、ある役者に“この人ならば、こういうふうに演じてくれるだろう”と想定し、セリフを書いていく。『エテパルマ』なら、バンドネオン奏者の北村聡さんや、ギタリストの伊藤ゴローさんや渡辺香津美さんなど、参加していただいたメンバーに“このメロディを、こう弾いてほしい”と思って、作曲・編曲をしていたんですよね。

6枚目の『散りゆく花』では、藤本一馬さんにギターを弾いていただいているけど、コンサートの演目に『エテパルマ』の曲があった場合、“一馬さんならどう弾くかな”というね。それは一番の贅沢と言ってもいいのかもしれない(笑)」

次回作は意外な方向に⁉

ファーストアルバム『エテパルマ〜夏の印象〜』がこのたびアナログ化される。

「発売当時の2006年は、CDを前提にして制作し、曲順を決めました。ところが、アナログ盤にする際に組曲『内なる印象』が、A面とB面をまたいでしまうことがわかりました。組曲は面を変えることなく、一気に聴いてほしいため、曲順をずらしました。

ところが、組曲のクライマックスである『ジプシー』が、A面の最後に来てしまいました。アナログに詳しい方ならご存じの通り、レコード盤は中心へ近づくにつれ、針をトレースするスピードが遅くなるため、情報量が減ってしまう。そのため、高い音圧を必要とする激しい曲には適していないんですよ。

途方に暮れていましたが、アナログ用のマスタリングをお願いしたエンジニアの奥田泰次さんの努力の甲斐があり、懸念していた点はクリアされ、非常に良い音質の盤になりました」

帰国中には体調を崩し、心配されたが無事に回復。もう次の仕事の準備へ。

「僕の新作ですが、室内楽的な要素がほとんどなくなっちゃった。締め切りがない作品なので、延々と作り続けていますが、ようやく仕上げの作業に取り掛かっています。ノイズの要素が多めかも。方向性が変わるかもしれませんが、完成したらまたお知らせします」

作品で振り返る!中島ノブユキクロニクル