2023年、〈ビームス〉から独立し、自身のブランド〈Unlikely〉を立ち上げた中田慎介さん。大学卒業後、鳴り物入りで誕生した新レーベル〈ビームス プラス〉にアルバイトとして参加し、そのバイヤー、ディレクターを経て、〈ビームス〉メンズカジュアル統括ディレクターなどを歴任した中田さんは、22年に及ぶ同社での経験をこう振り返る。
「〈ビームス プラス〉で1945年から65年におけるアメカジの王道を叩き込まれ、〈ビームス〉レーベルでは、ストリートやモードをはじめ、異なるスタイルを混ぜ合わせる遊び心を学びました」
外部企業と仕事をする新しい部署も兼任し、フィッシングブランドのアパレルラインのプロデュースを手がけたのは2019年のこと。それを成功に導き、自身も手応えを感じていた最中、コロナ禍が全世界を襲った。
「時間があったので、改めて自分と向き合ってみようと、好きなものを紙に書き出してみたんです。そしたら、大好きな映画『アニー・ホール』の公開も、『ヘビーデューティーの本』の刊行も、僕が生まれた1977年だった。それに気づいた時、思ったんです。自分の好きなことを追求するブランドを作りたいなって」
かくして誕生したのが、〈Unlikely〉だ。アメリカンクラシックをベースに、アウトドアやミリタリーの要素などをミックスしたそのアイテム群には、〈ビームス〉時代に培った感性が息づく。しかし、そのアウトプットの方法論は、中田さんならでは。
70年代の大きなラペル、60年代のボックスシルエット、50年代の広い肩幅など、時代を超えたディテールが溶け込むネイビーブレザーを見れば、その比類なきこだわりは一目瞭然だろう。着想源は、古着屋で発見したブレザー、しかも1977年に生産された〈ブルックス ブラザーズ〉のものだった。
重ね着することで完成する〈Unlikely〉の世界観
「そのブレザーは、“魅せる”洋服が流行った70年代らしく、ラペルが大きかったんです。〈ビームス プラス〉時代は、ブレザーと言ったら、45年から65年までの正統派スタイルがすべてだと信じ込んでいました。
でも、いろんな経験をした今、70年代のディテールワークに素敵な部分を見出せて。ガチガチに考えなくても、自分のブランドなら色々な要素を加えていいんじゃないかと作ったのが、〈Unlikely〉のブレザー。裏地には汗対策として要所要所にメッシュを使用し、アウトドアの要素もミックスさせています」
歴史、ディテール、ジャンルと同時に、中田さんが重視するもう一つのミックスが、重ね着だ。
「70年代に注目を集めたヘビーデューティアイビー、アウトドアとアメトラを混ぜたいわゆる“ヘビアイ”は、重ね着が特徴でした。その影響もあって、特に冬は、異なる色、ディテール、長さのアイテムを着膨れするくらい思いっきりレイヤードするのが僕の定番。それをブランドの一つのアイデンティティにしたら面白いかなと思って、すべてのアイテムは重ね着してもさまになるようにデザインしています」
ミックスに次ぐミックスによって形作られる〈Unlikely〉の世界観は、どこかポップさがある。それは中田さん自身の抱えるコンプレックスに由来するようだ。
「背は低いし、“ザ・和風饅頭顔”。モテる要素が少ない僕にとって、唯一の武器が洋服でした。大好きな洋服を追求していくうちに、いつの間にかみんなの目が向くようになった。そのなかで気づいたのは、かっこいいコーディネートは似合わないということ。
だけど、〈Unlikely〉というブランド名に込めた“ありそうで、ない”、思わずクスッと笑ってしまうような方向に持っていくと、自分的には似合うなって思える。だから、作る洋服もポップな表現になってしまうんでしょうね」
![〈Unlikely 〉デザイナー・中田慎介](https://media.brutus.jp/wp-content/uploads/2024/10/eb0fe7f3170aaf7b4420c8f894b165be.jpg)