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長井短「優しさ告げ口委員会」:(全編韓国語)のサラン

演劇モデル、長井短さんが日常で出会った優しい人について綴る連載エッセイ、第42回。前回の「口にする人」も読む。

text & illustration: Mijika Nagai

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「(全編韓国語)のサラン」

幼馴染と韓国旅行に行った。空っぽのキャリーを引いて空港からホテルへ。その乗り換えの最中、問題は起きる。キャリーが改札を通らないのだ。韓国の改札は体でレバーを押すタイプで、一度回し切ったら最後である。

私はギリギリでキャリーを担ぎ上げ改札を通過することができた、がしかし「やばい終わったかも」。背後から終了宣言。見るとレバーが単独で回転している景色。終わったね。

冷や汗をかいていると、どこからかお爺さんの捲(まく)し立てるような声がする。「(全編韓国語)!」。なんだって?お爺さんは車椅子用改札の前に立って私たちを呼んでいる。お爺さんから出ているとは思えないほどの声量に圧倒されながら近くまで行くと、彼は改札にくっついていた受話器をとって何か喋る。

韓国人のお爺さんのイラスト

数秒後、車椅子用改札のゲートが開いた。「(全編韓国語)!」「カムサハムニダ!」。唯一知ってる韓国語でお礼を言って歩き出そうとすると「(全編韓国語)!」。また声がかかる。え、なんかチップとかいる感じ?

注意深く聞いてみると、あぁ!「エレベーターはあっち!1から9までの出口ならエレベーター!」。たぶんこう言っていた。私たちはもう一度深くお辞儀をして「カムサハムニダありがとうセンキュー」。何故か3パターンのありがとうを言う。エレベーターに乗り込むと友達が「喋り方イカつい良い人だったね」と呟(つぶや)いて、全く同じ感想に笑った。言葉がわからないからこそ、相手をよく見ることができる。偏見が介入する隙のない今性が、やっぱり旅行の醍醐味だなと思いながら、必死に手を差し伸べてくれたお爺さんの切実な大声を、今度は私が東京で。

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