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長井短「優しさ告げ口委員会」:飛び出し注意の人

演劇モデル、長井短さんが日常で出会った優しい人について綴る連載エッセイ、第4回。前回の「失敗を飲む人」の読む。

Text&Illustration: Mijika Nagai

夫の亀島くんと二人で私の実家に荷物を運んだ帰り、わナンバーのレンタカーはご機嫌斜めみたいでエンジンがなかなかかからない。いつまで経っても機嫌の直らない車を鼓舞しようと、Apple Musicで『頭文字D』のサントラをかけると、亀島くんのご機嫌まで斜めになる。

車内に重低音のビートとレーザーみたいな旋律が響いて、性格の暗い私たちにはあまりにも不釣り合いな EDMが馬鹿馬鹿しい。車は陽キャだったみたいで、EDMに合わせるみたいにエンジンがかかった。

ようやく動き出した車は、立体駐車場ならではの急カーブを慎重に降りていく。「ヘアピンカーブだ!」。私の叫び声に合わせるみたいに、一周、二周、三周、四周したところで出口にぶつかって、辺りが暗くなり始めていることに気づく。

黄昏時の運転は危険が多いと聞くから、もう少し緊張感のある音楽に替えようと携帯に手をかけた時、急ブレーキで車が止まった。ハッとして前を見ると、目の前に若い男が立ちはだかっている。……え?なんで?こわ。

長井短 イラスト

後悔しているうちにも、男はどんどんこちらに近づいてきて、遂に窓をノックされた。緊張した面持ちで、でも覚悟を決めて、亀島くんは窓を開ける。「ライト、ついてないっすよ」。男はハスキーボイスでそう告げて、さっさと彼女の元へ戻っていった。

慌てて亀島くんがライトをつける。後ろからクラクションの音がして、私たちは焦ってその場を去った。急いで開けた窓から「ありがとうございます〜」と叫ぶと、男は軽く手を上げた。え、かっこいいんだが?

亀島くんが言うには、その男は私たちが駐車場を出ようとした瞬間、車の前に走り込んできたという。命知らずじゃん。だって、もしうちらがヤバい奴だったら轢いてるからね。

そんな危険を顧みず、他人の為に車に立ちはだかるなんて……あの武田鉄矢だって、好きな人の為だからできたのだ。他人の為にあれができるかと考えると難しい。知らない人の為に、迷わず声をかけられる彼の魂は、彼女の金髪とお揃いの黄金の魂。