平山が毎日トイレを隅々まで掃除するように、美しくトイレを保つ方法を考えるプロジェクト
第四回:中村圭佑(設計者)
20代の頃に割と刺激的な仕事をいろいろと手掛けることができて、30代半ばくらいから、考え方がシフトし始めたというDAIKEI MILLS代表の中村圭佑さん。大きくて派手な幸せを求めるよりも、日常の小さな幸せピースを集めていくような生き方に惹かれ始めるようになってきたタイムリーな時期に、映画で平山という男の生き様を見て、グッと心に刺さったという。
「〈SKWAT〉というプロジェクトを始めたのも似たような考えからです。著名な誰かと仕事をしたり、大きなブランドと組んでプロジェクトを進めるというより、自分たち発信で、地元の人や周りの人と一緒に何かを成し遂げたり、楽しんだりするという。何かロールモデルがあるというわけじゃないんです。空間を扱う設計事務所でもありながら、そこに美的な観点やアイデアを持ち込んで、時代に適したものを生み出したり、価値を転換するという作業なんです。
この映画のプロデューサーである柳井康治さんとは4~5年前からご縁があって、「THE TOKYO TOILET」のプロジェクトに〈SKWAT〉として関わらせてもらっています。2022年6月のミラノサローネでは、日本の清潔で安全な公共トイレ文化を持ち込みたいと思ったんです。
ドゥオモに1つだけある、誰からも見向きもされていなかった公共トイレに、ギャラリー的な役割を持たせました。トイレに使われていたタイルを森山大道さんの写真がプリントされたタイルにしたんです。すると、用を足すだけではなく、写真を見に行く場所としての役割を帯び、価値が多様化した。この場所では、ただ美しいトイレをつくるだけじゃ、やがて汚されて同じ運命を辿ると思うんですよね」
平山が毎日トイレを隅々まで掃除するように、美しくトイレを保つ方法を、中村さんなりのやり方で解決させようという試みだ。トイレはその後ミラノ市に寄贈され、その取り組みは話題を呼び、2023年11月に行われたパリフォトのプロジェクトにつながったという。そこで挑戦したことも、まさに価値転換を起こす、ということだった。
「最近の森山大道さんは、写真というものは元々データとして存在するもので、それが二次使用、三次使用をされて勝手に広がっていってほしいという思想を持たれているんです。だったら、パリフォトという世界中の写真好きが集まる場所で、全然違う写真の見せ方をしたら価値転換が起こるんじゃないかと考えました。
森山大道写真展という立ち位置をあえてつくり、ただし、それは写真をきれいに飾る場ではなく、トイレ空間のような建てつけにしました。そこで大道さんのインタビュー映像集を流したんです。『ときには写真なんてプリントしなくてもいいんだよ』と語っている(笑)。
また、映画にも出てくる渋谷区のいろんな公共トイレの写真を、トイレットペーパーにプリントしたんです。そのロールはトイレ中の壁にかかっていて、お客さんは自由に持ち帰れるというインスタレーションにしたんです。森山さんの写真だから、リソグラフ的な感じで、いい感じに仕上がりましたよ。まったく新しい写真の楽しみ方です」
柳井さんとのやり取りの中で、心に残る言葉があるという。それは、このインスタレーションでも核になったという。
「『この映画の主役をあえて清掃員にしたのは「人」が大事だから。こういった公共事業がある程度のレベルで継続性を持って維持されるためには、人の関わりが不可欠なんです』とおっしゃっていたんです。だからパリフォトでも、見て終わるだけじゃなくて、何かを持って帰ってもらう。仕掛ける側と、お客さんや運営側との間で、インタラクションが起こることが必要だと思いました。
写真を持って帰って、いろんなことを考えてもらう。そして人の連鎖が起こり、いい影響を及ぼし合って、トイレがきれいに保たれる。それが大事なことだなと」
まだまだ、これからも話題を呼ぶようなプロジェクトが進行中だという。その原動力となっている柳井さんにも敬意を払う。
「映画を作るという話も、実はかなり初期から知っていたんですよ。ただその時点では映画ではなくショートストーリーだろうって話だったんですけどね。でも、『自分の思いを手紙に書いてヴィム・ヴェンダースに送ったんだけど、返事が来たんだよ!』っていう柳井さんとの会話を鮮明に覚えています。
何か強いコネクションを利用したとかではなく、熱い気持ちを正面からぶつけて口説き落としたわけですよね。満を持して試写を見せていただいたときは、自分のことのように感慨深かったです」