たとえていうならば、
初めて見た晴天のモンブランのような作品でした。
第一回:松田翔太(俳優)
松田翔太さんが初めて映画で涙を流してしまったのはヴィム・ヴェンダース監督の『パリ、テキサス』を10代の頃に観た時だった。それまで、いろいろなことを吸収したくて、ジャンルを問わず映画を観あさっていたが、『パリ、テキサス』をきっかけにヴィム・ヴェンダース監督の存在も彼の中で大きくなっていく。そんな彼にとっての『PERFECT DAYS』は、初めて見た晴天のモンブランの山のようだったと語るが、その真意とは。
「解釈が難しいというか、観た印象が時間が経つにつれて、変わっていく不思議な作品です。ヴィム・ヴェンダース監督が日本でロケ、しかも日本人のキャストで撮るということで、どんな感じになるのかなと、大きな期待がありました。そんな気構えでスクリーンに向き合うと、冒頭からおじさんの一日を延々と見せられるという流れに、正直、どうしていいのかわからない。その時は『なんなんだこれ』と思いました。
何を感じればいいんだろうと、冒頭の20分くらいは本当にしんどかったんです。だけど、観ているうちにどんどん引き込まれていって、最終的にはとてもやさしいタッチで、品よく、諭されたような感じ。自分の心に手を当てて反省したくなるような気持ちになるんですよね。冒頭の僕の誤解というか、印象を見透かされたような気持ちで、むしろ恥ずかしいくらいでした。
たとえるならば、晴天のモンブランを初めて見た時のように、すごい山を見ちゃったなと。とてつもなく高く、美しい山で、恐怖さえ感じさせる未知の領域を目の当たりにしたような感じでした。役所広司さんは当たり前な日常と、誰も理解できないはずの人間の心の奥を、微妙なバランスで演じて見せている。映画の中の風景や主人公の平山さんにしても、東京に暮らす僕らにとっては、取り立てて珍しいものではないんですけど、なんかシンパシーを感じて、平山さんの気持ちの中にどんどん入っていくような、妙な感覚に巻き込まれた感じです。美しさに圧倒されました。
役所さんをはじめ、ヴェンダース監督と脚本&プロデューサーの高崎卓馬さんらは極力説明的な表現を排しつつも、あまり描かれることのないようなところを、捉えようとしたところが、とても未知だなと思います。平山さんは、本来なにかが起こってもいいはずのきっかけに、あえて触れないように生きている。それこそが彼の理想とする生活で、あのルーティンで十分だと思っているのでしょうね。だって、幸せそうな顔をしているじゃないですか。
『パリ、テキサス』を観た頃の高校生の自分だったら、この作品はよくわからなかったと思います。平山さんは、あの頃に自分が考えていた「こんな大人になりたくない」という嫌いな大人像ですから。常に答えが用意されていて、共感を呼ぶ映画が多い中、この作品は観た人に多くを委ねている。難しい問いかけもない。その感じが素敵だし、映像芸術に触れている身としても、そうとう先を行っている人たちが創っているのだなと。まさに晴天のモンブランみたいで、お手上げって感じです」