とにかく言葉遣いがすごく好き。今の東京の言葉って、必要以上に丁寧でどこか生きていない感じがしてしまう。でも映画の中から聞こえる、江戸っ子ならではの“べらんめえ口調”の言葉にはすごく抑揚があってリズムやグルーヴが感じられるんです。寅さんって、ラッパーじゃんって。
その活気にすごく元気をもらい、観ているとどんどん涙が出てきて。そして渥美清さんをはじめとする、当時の役者さんたちがすごい。生活とつながっている感じがするというか、カジュアルなお芝居をしていても緊張感がある。ほんわかしているように見せているのに何かが刺さる、すごいバランス感覚だなと。
『男はつらいよ』シリーズは、寅さんが主役の作品ではあるんだけど、結局、あんな男を受け入れてくれる柴又の町と人々が素晴らしいとも思う。僕の周りにも寅さんみたいな人がいるし、自分にも寅さん的な部分があるのがわかる。会って5分くらいはみんな楽しそうにしてくれるんだけど、1時間もするとちょっと疲れてきて、多分今「うるさいよ!」と思われてるんだろうなって(笑)。寅さんは口も悪いし、言いたいことをバンバン言うから喧嘩もする。
だけど、寅さんは本人を目の前にしてしか言わない。例えば、のっけから寅さんが、岸惠子さん演じる画家のりつ子と大喧嘩する回がある。「女だてらに、絵なんか描くやつにろくな女なんかいねえ」と。ところが翌日、謝りに来たりつ子にころっと惚れて「絵描く人に悪い人はいねぇよ」と前言撤回。そこに愛があれば、人って変わってもいいんですよね。そういうところが寅さんはすごくシンプル。
ネガティブでもポジティブでも、間違いながらも絶対に何かしらのムーブメントを起こす。そういうところにもすごく愛を感じます。
僕が一番感動した作品が、寅さんが港で赤ちゃんを連れた若い女・絹代(宮本信子)に出会う回。
絹代に懇願されて一夜の宿を世話してあげるんだけど、絹代は甲斐性のない夫の愚痴をこぼし、宿代が払えないからと体で返そうとする。その姿が妹・さくら(倍賞千恵子)と重なり、さらに駆け落ち同然で実家を出たから今さら帰りづらいという事情に同情し、絹代の実家まで同行する。
実家で父親と感動の再会を果たし助けてあげるのかと思いきや、父親は「一度は好きになった男なのだから、それを育ててあげなければいけない」と、夫の元へ帰るように言うんです。そんな考え方もあるのかとここでも感動。父親と話していた寅さんも、「失敗すればまた故郷に帰ればいいと思うからだめなんだ。俺はもう帰らない」と宣言する。
けど、最終便の汽笛を聞いた瞬間、あれどこ行くの?と思ったら、もう家族に会いたくなっちゃって、帰るんですよね。いやわかるよ、寅さん。
演出もいろいろと進化していて、途中から夢を挟むようになるんです。中でも僕が友人に絶対薦める作品が、沢田研二さんのミュージカルシーンで幕を開ける回。
ジュリーがバイクで現れて、「金網をくぐり抜けたら ふたりは共犯者」「いつかはダ・ダ・ダ・ダイナマイト」って歌を歌うシーンがツボ。
あと、布施明さんが出演する回も好きですね。この回のマドンナの桃井かおりさんはめちゃくちゃセクシー。婚約者役の布施明さんが結婚式で、僕は口べたなので歌わせてくださいと、ギターの弾き語りで歌い始める。で、それがバカうまいんですよ!
それまでのギャップに大笑いしてしまったんだけど、歌詞がすごく良くて。「ボクにできることは何もないけど とまり木ぐらいにはなれるだろう」って、とても控えめな表現と、この謙虚な気持ちが優しくて、すごく好きな一本。
そういえばアメリカ人版の寅さんが出てくる回もある。ビタミン剤のセールスで柴又にやってきたアメリカ人マイケルがさくらに恋をする。自分の気持ちをはっきり相手に伝えたけど恋に破れたマイケルと、相手の気持ちを察して思いを胸に秘めたまま身を引く寅さん。言葉や文化の違いがあっても、きっと世界中に寅さんみたいな男がいるんだろうなぁと。
音楽ももちろん最高で、パ〜〜〜〜って、イントロの1音目が流れただけで、寅さんの世界のスイッチが入る。観るたびに新しい気づきがあり、その都度自分なりに考えて、また好きになって。あ~、ボロボロの身なりの絵描きの人が出てくる回もめっちゃいい話なんですよね。
そして、4度目の出演となった浅丘ルリ子さん演じるリリーの回も見逃せない。寅さんが満男(吉岡秀隆)に、今まで自分が忠実に守ってきた「男は引き際が肝心」と説教する。すると、「男って本当くだらない」「要するに卑怯で意気地がない」と、食ってかかるリリー。男としては寅さんの気持ちもわかる!リリーの前だし、そこは強がっちゃうよね。
でも、「恋愛なんてそもそも恥ずかしくて情けなくてしょうもないところをさらけ出すものなのに、男はそうやって自分のプライドで隠すんだ」と言うリリーのそれも真理。この2つの角度をどちらも作品で示す山田洋次監督はすごいと思うし、片方だけを描かないのが素晴らしい。
たしかにそれはくだらないプライドかもしれない。でも人間ってそういう生き物で、その可愛さを認めてくれてる優しいまなざしとユーモアこそが今の時代に必要な愛だと思うんです。だから、男はつらいよね、寅さん。もう本当に好きすぎて、すみません……。