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愛の話は視点もさまざま。ゆっきゅんら4人の映画好きによる、新作映画クロスレビュー

愛の映画は新作も続々公開中。一足先に映画を愛する4人が観賞し、愛の描かれ方の魅力を評価する。観賞前の参考にするのも、観賞してから感想の違いを楽しむのもよし。愛の話は様々な視点で語られるからこそ面白い。

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text: Mizuki Kodama, Kiyoshi Kakinuma, YUKKYUN, Awa Ito

話を聞いた人
映画文筆家・児玉美月/映像作家・柿沼キヨシ/DIVA・ゆっきゅん/文筆家・伊藤亜和

『こいびとのみつけかた』

恋愛/友情/人情

変わり者のトワと園子、2人だけにしかわからない不思議な関係を描いたラブストーリー。コンビニで働く園子に恋した植木屋のトワは木の葉を店の前から自分のいる場所まで並べることで彼女を誘い出し、仲良くなる。しかし園子にはある秘密があった。監督:前田弘二/出演:倉悠貴、芋生悠、成田凌、宇野祥平ほか/新宿シネマカリテほかで全国公開中。

思考停止してしまう私たちを問う

児玉美月

「変わり者」といわれるトワが片思いする園子を木の葉でおびき寄せて出会う開幕から、「普通」の恋愛映画とは様子が違う。前田弘二監督による前作『まともじゃないのは君も一緒』もまた風変わりな恋物語を通して、「だって普通そうだから」と思考停止してしまう私たちを問う映画だった。「恋人」でも「夫婦」でもない、他人からは理解されないかもしれない特別な紐帯(ちゅうたい)をトワと園子は模索していく。

平凡な愛が起こした奇跡

柿沼キヨシ

スタンダードサイズの画面に溢れるのは主人公トワを演じる倉悠貴の喜びに満ちた演技だ。トワと園子、2人に差し込む光は優しい。風変わりな2人が出会う映画だから結末も変わっている。でもそれでいい。この映画の奥底に横たわるのは風変わりで平凡な愛の奇跡である。それは、このおかしな世界でたった一人の私を、あなたに見つけてもらえたという幸せ(しかも落ち葉の道標(みちしるべ)で!)。

いつどこまで押し切れる?

ゆっきゅん

客観的で一般的な理解を超えた、社会の定める幸せに定まらない、2人にしかわからない関係性……というのはあるけれども、もしも私がこの2人どちらかに恋愛相談をされたら「ねえ⁉誰も傷ついている人がいないならいいけどね⁉心の無理をしている人がいないならいいけどね⁉」と返すであろう、そんな後味だった。主人公のイノセンスでいつどこまで押し切れるのかよくわからない。

愛が死なずに済んだ世界

伊藤亜和

「人は互いに助け合って生きるべき」。みな当たり前にそう言うのに、それが男女になると、その関係の維持はどうしてこれほどまでに困難になるのだろう。あの時、いくら話をしても尽きなくて、2人だけの世界が生まれて、彼との別れと同時にその世界の私は死んでしまった。私だってただ、あなたと話がしたかっただけ。この映画のように、あの愛が死なずに済んだ世界がどこかにあったかもしれない。

『愛にイナズマ』

家族愛/恋愛/人情

映画監督デビューを目前に控える花子は、空気は読めないが不思議な魅力のある正夫と運命的な出会いを果たす。しかし、デビューの話は突然奪われてしまった。失意の中、反撃のために花子が頼ったのは、10年以上音信不通の家族だった。監督:石井裕也/出演:松岡茉優、窪田正孝、池松壮亮、若葉竜也、佐藤浩市、仲野太賀ほか/全国公開中。

愛が詰まった抱擁シーン

児玉美月

デビューを控えていた映画監督の花子を軸にしたこの映画には、2つの大きな「愛」がある。一つは「家族愛」、そしてもう一つは「映画愛」。花子の映画撮影のために招集された疎遠だった家族が、お互いの存在を確認するために抱擁を交わすシーンには愛が詰まっている。石井裕也作品において抱擁は重要なモチーフとして繰り返し登場してきた。花子はきっと愛の傍ら、映画を撮ることを一生諦めない。

劇中のカメラが映し出す真実

柿沼キヨシ

劇中「映るものすべてに意味が必要だ」というセリフが出てくる。この作品では、崩れた家族に向けたカメラが、主人公・花子の存在理由(意味)を映し出す。それは、親の愛だった。どうやらカメラは時に真実以上の真実を映し出すらしい。そして、花子の真実の姿を捉えた美しいラストカット。笑顔を映したそのフィルムには、カメラを持つ恋人・正夫の愛が焼き付いているように僕には見えた。

映せなかった愛が、一番の映画だった

ゆっきゅん

花子がカメラを構える時にはそれこそ説明できる意味や理由はなくとも確かにいつも愛がある。愛のために映画を撮る物語なのに(だからこそ)、序盤でも終盤でも、撮ったつもりで撮れなかったり、撮った映像が消えてしまったりする場面があり、映せなかった人の美しさや記録できなかった相手の愛が一番の映画だったのだとも、逆説的に伝えられる。どこまでも連れていかれるすさまじい作品。

理由などいらない突発的な愛

伊藤亜和

昔、「ビッグバンの瞬間に生命の誕生から今日の私たちの行動に至るまで、すべてが決定づけられている」と聞かされめまいがした。決定されているかもしれない運命の中で、私たちはどうにか「あり得ない」を繰り出そうともがく。突発的な憎悪に、キスに、理由というラベル付けは無粋。理由などあってもなくてもいい。たとえイナズマが落ちるとわかっていても、私たちはその雷鳴に目をつぶるのだから。

『人生は、美しい』

家族愛/恋愛/人情

専業主婦のセヨンは、突然自分の余命があと2ヵ月足らずだと宣告される。動揺したものの、彼女が希望したのは学生時代の初恋相手との再会。夫に頼み込んで、一緒に彼を捜しに行くことになるが……。監督:チェ・グッキ/出演:リュ・スンリョン、ヨム・ジョンアほか/シネマート新宿、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかで全国順次公開。

人生とは、愛に溢れた季節なのだ

児玉美月

トイレットペーパーを取り替えたこともない夫ジンボンと思春期の子供2人に人生を捧げてきたセヨンは、がんによる余命宣告を受けてバケットリストに「愛されたい」と記す。初恋の人を捜すと決めたセヨンはジンボンと旅に出る。セヨンを蔑ろにしてきたと思われたジンボンは、実は彼なりにセヨンをひたむきに愛していた。人生とは愛に溢れた季節なのだと、日常を一変させるミュージカルシーンが彩る。

その関係の中に、愛があったかどうか

柿沼キヨシ

どうも韓国ミュージカルというジャンルがあるような気がする。冒頭のダンスから泣いた。それは今現在の恋愛とは違う、主人公夫婦が積み上げた歴史を感じたからだ。父権的な関係性が描かれる中盤は辛い。しかし、過ぎ去った時代や2人の過去が変わることはない。大切なのは2人の関係の中に愛があったのかどうか。あったんだと思った。ラストダンスでまた泣いた。

歌が始まるタイミングも絶妙

ゆっきゅん

死を前にして自分の日々を振り返り、初恋の相手を捜し求めたあとに夫婦と家族の愛に帰結していくという人生讃歌であるが、出産直前のあの夜に夫の無理解がある中でエイを振る舞ってくれた隣人女性のすっごい優しさとか、絶交してしまった因縁の親友との再会が描かれていることにも注目したい。そうだよこの気持ちは歌になるよね……というタイミングで歌が始まるので歌手としてマジでわかる映画。

映画だから見られる、隠されていた愛

伊藤亜和

言葉を生業(なりわい)の一つとしていると、言葉に救いを求めすぎることがある。すべて言葉に出してくれる人が誠実で、それ以外はそうではない。というのはあまりに暴論だ。これは自分への戒め。でもさ、やっぱり、言ってくれなきゃわからないよ……。隠されていた愛が見られるのは、これがカメラに収められた「映画」だから。エンドロールを観ながら「そんなのってないよ!許さないんだから!」と笑い泣き。

『シチリア・サマー』

恋愛

実際の事件を基にしたラブストーリー。1982年、初夏のシチリア島。バイクの衝突事故をきっかけに出会った16歳のニーノと17歳のジャンニは、次第に激しく惹かれ合うが、その恋はある日突然終わりを迎える。監督:ジュゼッペ・フィオレッロ/出演:ガブリエーレ・ピッツーロ、サムエーレ・セグレートほか/新宿ピカデリーほかで全国公開。

花火で表現される少年2人の愛

児玉美月

花火工房を一つの舞台として持つ本作品では、少年2人の愛にとって花火が重要な意味を担う。それはある時には若き情熱を謳い上げる爆発音であり、ある時には彼らに牙を剥く破裂音ともなる。シチリアの美しい情景とは裏腹に、イタリア初の同性愛支援団体が発足した契機にもなった残酷なヘイトクライムは、なぜ彼らの愛が満開に咲いたままでいられなかったのかとこの時代にくさびを打つ。

拒絶されたと感じる人々の孤独

柿沼キヨシ

愛によって世界は一変する。心優しい少年ニーノと出会った主人公・ジャンニは、2人だけの美しい世界を築きだす。しかし一方で、2人に拒絶されたように感じたのは親や兄弟、そしてシチリアの町だ。2人の少年が遠くへ行くほど、周囲の人間は不安や孤独に怯えていく。この少年たちの紡ぐ愛を理解できず、彼らに拒絶されてしまったと感じる人々が、悲しい結末を生んでしまったのではないかと思う。

花火のように消えなくてもいいのに

ゆっきゅん

ジャンニが帰ってゆく姿を見送るニーノ、そして数十メートル先で一度だけ振り返るジャンニのショット2つを見れば、ジャンニが振り返るまで、そしてきっと見えなくなるまでずっとニーノがその後ろ姿をぎゅっと見つめていたことがはっきりわかって愛おしい。しかし花火のように散って消えなくてもいいのに、ジャンル映画化した美少年/青年同士の儚(はかな)き悲恋青春映画は死ぬ結末ばっかりで疲れる。

ハッピーエンドが望めないほど美しい

伊藤亜和

「俺には勝てない」と組み敷かれて、観念したように「わかったよ」と答える。少年たちのこのシーンは、観ている私たちでさえも、そのまぶしさに目を奪われざるを得ない。シチリアの水の中にたゆたっていた愛の秘め事は、生命がごく自然に進化を始めるように太陽のもとに手を伸ばす。この結末を避ける方法はなかったのかもしれない。ハッピーエンドが望めないほど、彼らは美しかった。

4人が考える「愛って、」

愛って、映画にとって不可欠

児玉美月

4つの映画で描かれる「愛」とは、道端に線状に並べられた木の葉を辿っていくと見つけられる運命であり、お互いの存在がこの世界にあることを確かめ合う抱擁のことであり、平凡な自分をミュージカルの主人公のように仕立て上げてくれる魔法であり、静寂の夜空に華やかに打ち上げられる美しい輝きを持った花火でもあった。この世界のあらゆるどんな映画にも、「愛」の果実は姿を変えて実っている。

愛って、自由を望んでいる

柿沼キヨシ

4作品観比べてみると、映画というものは時代の訴求に合わせて変化するのだと強く感じた。愛にフォーカスを絞ると、2023年現在、愛は解放されたがっているような気がする。SNS等様々な形で求められる愛に対して、映画で描かれる愛はどこにも属さず自由でありたいと望んでいるようだ。全作品とも現代的なテーマで、かつ批評性を持っていて、見応えがあった。

愛って、あなたのまなざし

ゆっきゅん

別に愛に詳しいわけでもないけど、そこに愛があるかないかくらいの区別は観ればわかるものだとして、愛というのは映画のカメラに焼き付けられてしまうものだと信じている。映画のまなざしが映し出す数々の愛は、私たちの人生を照らし直し、観たあとには「ああ、あれは愛だ(った)」と世界を見つめるあなたの心のまなざしを愛しく変えてしまう、取り返しのつかないものなのである。

愛って、少しずつなくしていく過程

伊藤亜和

私たちは、愛のためにカゴを作り、止まり木を置く。「愛」「愛じゃない」と区別して、逃がすまいと努力する。愛の形はそれぞれ?そんなの、みんなわかってる。それでも、それが愛だと認めることは恐ろしい。愛は発見したり、獲得するものではなく、ありあまるほど持っていたのを、少しずつ道にこぼしていく過程だと思う。私たちは愛の落ちる音に振り返る。拾うため道を戻る時、物語が生まれるのだ。

まだまだあります、愛の新作映画

『火の鳥 エデンの花』

手塚治虫の『火の鳥』の、地球と宇宙の未来を描いた「望郷編」をアニメ映画化。監督:西見祥示郎/出演:宮沢りえ、窪塚洋介ほか/11月3日公開。

『正欲』

朝井リョウの同名小説を映画化。他の人にはない指向を持つ人々の葛藤を描く。監督:岸善幸/出演:稲垣吾郎、新垣結衣、磯村勇斗ほか/11月10日公開。

『蟻の王』

同性愛の許されない時代に恋に落ちた2人をめぐる、実話を基にしたドラマ。監督:ジャンニ・アメリオ/出演:ルイジ・ロ・カーショほか/11月10日公開。

『首』

北野武が自ら羽柴秀吉役を務めて、本能寺の変を描く。監督:北野武/出演:ビートたけし、西島秀俊、加瀬亮ほか/11月23日公開。

『サイレントラブ』

「世界で一番静かな」ラブストーリー。音楽は久石譲が担当。監督:内田英治/出演:山田涼介、浜辺美波ほか/2024年1月公開予定。