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須藤蓮×渡辺あやが2度目のタッグ。今の時代に必要な“痛み”と“救い”を描く映画『ABYSS アビス』

須藤蓮が監督・主演、渡辺あやが脚本を手掛けた映画『逆光』(2021)に続く、2度目のタッグとなった『ABYSS アビス』が全国公開中だ。あくまで俳優と脚本家という関係だった2人がなぜ共同で作品を作り始めることになったのか話を聞いた。

photo: Yuri Manabe / text: Keiko Kamijo

須藤蓮、27歳、2本目となる監督作映画『ABYSS アビス』が公開中。共同脚本を手がけたのは、前作同様となる渡辺あやだ。

2人が出会ったのは、取り壊されようとしている大学の寮を舞台にし、学生たちが寮を守ろうと奮闘する2018年のドラマ『ワンダーウォール』だ。ドラマを制作していた時期は、あくまで俳優と脚本家という関係だったが、なぜ共同で作品を作り始めることになったのだろうか。渡辺は言う。

「この作品は後に劇場版化するんですが、その時の打ち合わせをプロデューサーや音楽の方などとしている席に、なぜか俳優の須藤くんがいるんですよ。呼んでもいないのに。普通役者さんって撮影が終了したら現場は終わりなんですが、なぜかいる。その姿を見ていた時に、この人のマインドは俳優よりも作り手に近いんだな、と感じていました。でも、才能がどの程度かもわからないし、距離を置いておこうと思っていました。しばらくすると突然脚本がメールで送られてきたんです。しかも、ものすごくヒドいのが(笑)」

粗削りな言葉で綴る人の業

「この時期、『ワンダーウォール』の次を求めて、日々、面白いことを切望していたんです。でも、待っているだけでは、渡辺あやの脚本に今後出られる機会なんて絶対にない。だったら行動に出るしかないと思った」と須藤は返す。

須藤から送られてきた脚本は、本当につたないもので、脚本として成立もしていないし、最後まできちんと書き上げられたものでもなかった。渡辺は冷たく「脚本をなめるんじゃない」という含意を込めて返事をした。普通、若者から来る連絡はそこで返信が途絶えることが多いが、須藤は違った。

「何度怒っても書き直してくるんです。そして、直した脚本は間違いなく面白い。脚本の書き方はものすごくつたないんですが、そのヒドさの中に人の内面の深い部分を描こうとしている、なんだか持ち重りするものを感じたんです。そんな感じでやりとりしているうちに、私が原稿を直し始めて、という感じで」

物語の舞台は、渋谷の百軒店(ひゃっけんだな)。戦後に復興して盛えた繁華街で、隣接する花街の円山町への待ち合わせ場所として利用されていた。
現在は飲食店やクラブなどが立ち並ぶ、いわゆる夜の街である。主人公のケイはバーでバイトをする23歳。行方不明だった兄が自殺し、葬儀で兄のかつての恋人ルミと出会い惹かれていく。兄は日常的に暴力を振るっており、ケイもルミもその被害者だった。傷を負った2人は亡き兄とどう向き合い、日常の中で連鎖していく暴力とどう折り合いをつけていくのか。ずっしりと重いテーマだが、須藤は心の奥底にある淀みにきちんと向き合いたかったという。

作品を作り始めた当初、タイトルは『blue rondo』というものだった。それは繰り返される暴力だったり、日々夜の街を徘徊する若者の姿になぞらえられていたが、途中で現在のものに変更した。そこには、人間の業は同じことが繰り返されるだけでなく、ふとした時に別の何かが入り込んできて、小さな変化をもたらす、その機微が、主人公たちの人生、ひいては鬱屈とした感情を持ちながら日々を暮らす観賞者にとって小さな救いになるのではないかという思いがある。

渡辺が今回の脚本に初めて託した思いも、その部分にある。

「都会から田舎へと2人で行く、あの転調がとても重要なんです。私は、今、島根県に住みながら仕事でたまに東京に出てくるような生活を20年くらい続けていますが、都会には自我から解放されたいと思っているのにできないという苦しみを抱えた人が多いように感じていました。そういう苦しみは自我を超えたところに存在する何か大きなうねりみたいなもの=“自然”に身を委ねることで解放されていくんじゃないか、という思いがずっとあって。こういう思いを作品に昇華するのは簡単なことではないんですが、この作品なら託せるかもと思った」と渡辺は心を決めた。

ルミは小さな頃から踊ることが好きだったが、ある事件をきっかけに踊ることから遠ざかる。しかし、彼女の体は踊りを求め、夜のクラブで爆音に身を委ねる。ケイも同様だ。踊りは彼らの心を解放へと導く一つのメタファーとも考えられる。2人の心と体は物語の中でどのように変化していくのだろうか。

映画の公開に合わせ、映画を軸にしたアートフェスを計画中だ。東京を皮切りに全国で展開する目論見だという。作品だけでなく、映画を取り巻く周辺を若いエネルギーで変えていこうとする彼らの活動にも注目したい。

須藤蓮と渡辺あや