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燃え殻「明けないで夜」:いいカフェ見つけたんですよ

小説家でエッセイストの燃え殻が綴る夜の周辺。J-WAVEの番組『BEFORE DAWN』と連携して、著者本人の朗読とともにお届けします。

illustration: Tomoko Hara / text: moegara

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いいカフェ見つけたんですよ

映画関係者の方々と会食をしたとき、とある俳優の女性が近くの席に座っていた。その会食はよく飲む人たちが多く、ポンポンと赤ワインの栓が抜かれ、どんどん空になっていく。あっという間に、参加者全員がほろ酔い気分になると、だんだん込み入った話が始まる。

近くにいたその俳優の女性が、「わたしはこの仕事をしている間は、カフェのテラス席でひとり座って、コーヒーを飲みながら読書するなんて絶対できないと思う。人生で一度くらい、そういうことがしたかったなあ……」と、ため息まじりに言った。

「一度もないんですか?」と僕が聞いてみると、「一度もっていうのは言い過ぎたかも。でも高校のときからこの仕事を始めてしまったから、中学のときに何度か行ったくらいかな」と彼女。

ワイワイと話していたそこにいた他の連中が、スッと押し黙ってしまう。ドラマやCMにも出ているし、いまの彼女にテラス席はたしかに難しそうだ。

その飲み会からしばらく経って、WOWOWで放送されたドラマ『杉咲花の撮休』で、僕は一話だけ脚本を書いた。そのドラマは、杉咲花さんが「杉咲花」役でドラマに登場する。内容は、急に撮影が中止になり、一日空いてしまった杉咲さんがぼんやりと休日を過ごす、という話。脚本に縛りはない。「杉咲花さんの休日を自由に考えてください!」という要望のみ。

僕の脚本を、映画『愛がなんだ』などの監督、今泉力哉さんが撮ってくれることも決まっている。僕はその脚本を書くため、目黒の喫茶店でひとり考えていた。

「きっと、こうやって喫茶店でぼんやりすることも、彼女だったら難しいのかもしれない」とそのとき僕はふと思った。公園でブランコに乗っていても、隣に知らない男が座ったら、いろいろ警戒してしまうだろう。

友人とルームシェアしている設定にして、友人は杉咲さんが出かけるときは寝ていて、杉咲さんが休日を一日楽しんで帰ってきても、まだ同じ体勢で寝ているという話にすることを決めた。そんな一日を杉咲さんが、「ああ、それもいいねえ」と思ってほしかったからだ。

そのドラマは今泉力哉監督の作り出す淡々とした、でも味わい深い演出とも相まって、大好きな作品になった。ただ、そのときつくづく、みんなに羨望のまなざしを向けられて生きる職業の人は、それはそれは大変だろうなあと思った。

脚本を書くために思いあぐねていたその目黒の喫茶店は、深夜一時まで営業している。さらにその喫茶店の数少ない良いところは、店主が信じられないほど放っておいてくれるところだ。

俳優の女性にそのことをメールで伝え、「いつか行ってみてくださいよ」と付け加えた。「いいな。行ってみようかな」と返事が来た。

先日、二日酔いでまた昼過ぎまで寝てしまい、ミネラルウォーターをほぼ四つん這いでこぼしながら飲んで、なんとか起きた朝。テレビをつけると、メールを送った女性が、とある電化製品のイメージキャラクターに決まったという、芸能ニュースが流れていた。

最近何か凝ってることありますか?というレポーターの質問に彼女は、「いいカフェを見つけたんですよ。そのお店、夜遅くまでやっているんです。小さなテラスがあって、そこでよく本を読みながら、ミルクティーを飲んでます」と弾むような声で答えていた。そこまで見て納得した僕は、もう一度ミネラルウォーターをほぼこぼしながら飲み切った。

カフェで本を読む女性のイラスト

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