フォトグラファーのホンマタカシさんは、立山のかんじきをマイ民芸として見せてくれた。
「2年くらい前に雪山での撮影があった時に、猟師の人に必要だから買えって言われて。登山用品店で見た時に“おっ、カッコいい”って思って、すぐに買いました」
生活に根ざし、実用を目的として作られたものならではの美しさ。このかんじきも、軽くて機能的であるため、住民の間では昔から使われているものだ。
「“用の美”っていうのは、日本人の得意分野ですよね。でも、いくら使えるものだとしても、好きになれないものを身の回りには置きたくない。それとやりすぎもイヤだし。すごくこだわってるのが見えるのも恥ずかしい。
僕がものを選ぶ時に気をつけてることといったら、その兼ね合い。その点でこのかんじきは、素材も技術もすごくこだわってるのはわかるんだけど、その見栄が押し付けがましくないのがいいんですよね」
目立とうとせず、華飾を避け、押し付けがましくない。民芸が女性ならお嫁さんにしたいくらい⁉
ブランドのプロダクトに
民芸はありえるのか?
ところで、民芸が無銘をよしとする前提に立つとすれば、いわゆるブランドのプロダクトというのは、その対極に位置することになるはずだ。
しかし、メゾン マルタン マルジェラの真っ白なマトリョーシカは、何かそうとは言い切れない清潔さを感じさせる。そもそも、ファッションのブランドがなぜロシア民芸に目をつけるのか。メゾンはこう説明する。
「私たちの創造源は、いつも日常生活の極みや変化でした。伝統的な民族文化のシンプルなアイデアに刺激されています。象徴的、文化的アイテムはたいてい、大袈裟に装飾が施され、時代遅れで、脈絡化されている。私たちはそういったオブジェを違った視点から見ています。本質はそのままに、置かれた文脈から取り出すのです」
マトリョーシカはあくまで象徴にすぎない。それは、このメゾンの、“ブランド”というものへのポリシーの表れだ。
「私たちの仕事は自身を表現することであり、ブランディングではありません。私たちの白いラベルは今も昔もマーケティング戦略の仕掛けではないのです。私たちの洋服を着る人たちに“洋服に名前がついていないのは、これを手にした今からはあなたのものだからです”と伝えたいから。ですから、四隅のステッチはもともと取り外すためにあるものなのです」
メゾン マルタン マルジェラが信じるものは、民芸にとても近い。
民芸は手仕事の中にしか
ないとは限らない。
逆に、日本民藝協会の会長まで務めながら、民芸に近すぎない距離を保っていたのは、宗悦の子、プロダクトデザイナーの柳宗理さんだ。
彼は協会の機関誌『民藝』に、1984年から88年まで「新しい工藝/生きている工藝」という連載を持っていた。機能と美しさを備えたプロダクトを、彼の目線でセレクトしていくもので、写真の蒸発皿もその中で紹介されたものの一つ。本文を引用しよう。
「この蒸発皿は勿論デザイナーが考えたものではありませんし、又、陶器作家が造り出したものでもありません。ただ実験用に、より使い易くということで、長い間に自然と浄化されて出来上がってしまったと言えましょう。これをアノニマス・デザイン(自然に生れた無意識の美)と言うのです。
今日の日用品は殆んど意識的にデザインされていて、趣味的な匂いがするのが多いですが、この皿には人間のあくの嫌らしさは微塵もなく、素晴しくも純粋な、清楚な姿を現わしていると言えるでしょう。民藝の言う不二の美、絶対の美とは、正にこのような美をさすのではないでしょうか?」(『民藝』392号/昭和60年8月号掲載)
彼はこの蒸発皿に民芸の美を見ていた。ただ、これが“民芸だから”素晴らしいと言っているわけではない。現にこの引用は、次の一文をつないで締められている。
「民藝愛好者も従来の骨董趣味より一歩前進して、未来に明るく生きて行きたいものです」
連載では、電動ひげ剃りや電卓のような機械製品も紹介している。『民藝』の誌面にこれらが登場することに違和感を感じ、反発する人もいた。でも、それは彼の戦いだったのかもしれない。機械製品の中にだって、民芸が持つ美と同じものを見つけることはできる。
手仕事という形だけに固執して留まれば時代の流れの中で取り残されるものが出てしまう。民芸が培ってきた技術や精神を未来に活かしていく役割を、彼はデザインで担っていこうとしたのだ。実際、柳宗理のデザインから、民芸の思想を知った消費者も多いだろう。
そもそも、民芸とは新しいものを作り出したのではなく、既にあるものの価値の転換だった。そう思えば、これから民芸についての新しい視点が生まれたっていいはずだ。定義に縛られず、自分基準の民芸を大事にしていく。そんな付き合い方がいいのかもしれない。