ホラークリエイター・皆口大地はビデオテープが怖い

photo: Satoshi Nagare / text: Yuki Yoshida, Emi Fukushima

「あなたが本当に怖いものを教えてください」。恐怖を知り尽くしたホラークリエイター・皆口大地さんにそう尋ねた。 人がホラーを求めるのは、単に驚かされ、スリルを味わいたいからではない。 普段は気づかないような心の奥底にある何かに触れられたとき、人は大きな恐怖に襲われる。それはとてつもない快楽でもあるのだ。

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今、ビデオテープに恐ろしさを感じない人って果たしているんでしょうか……。ついそう決めつけてしまいたくなるほど、自分にとってはスタンダードな恐怖のモチーフ。劣化した映像や、映像の繋ぎ目に挟まれる砂嵐やノイズの中に不気味なものが映り込んでいるのではと想像してしまうからか、物体としてのテープを目にするだけで緊張が走ります。

おそらく多くの人と同じように、原体験は映画『リング』だったはず。公開当時はまだ小学生で、ホラー好きを自覚していたわけではありませんが、『となりのトトロ』と同じように自然と目にして、いつの間にか内容を知っていた作品です。この映画に出てくるのは、観たら死ぬという“呪いのビデオ”。

そこに映る貞子の映像自体に戦慄したのはもちろん、劇中前半にテレビ局のディレクターとして働く主人公が、このビデオの噂を取材するために訪れた山奥のロッジの受付で、背後の棚からラベルの付いていないビデオを見つけるシーンだけでもう怖かった。

その不穏さがやけに頭から離れなくて、今でも会社の倉庫の棚などでケースがまっさらのビデオテープを見つけるだけでゾッとしてしまいます。子供ながらに、ビデオテープ=禍々しいものだという印象が強く植え付けられました。

こうして『リング』で抱いたビデオテープへの漠然とした恐怖心を一層はっきりとした輪郭を持って自覚させられたのが、中学生の頃に出会った『ほんとにあった!呪いのビデオ』でした。一般投稿による恐怖映像を集めた心霊ドキュメンタリーの代表格と言えるシリーズで、ビデオテープを起点にした映像も数多く収録されています。

例えば、レンタルビデオショップに並ぶ商品の中に勝手に奇妙な映像が上書きされているものがあったとか、微笑ましいホームビデオの合間に挟まれたノイズに不気味な顔が映っているとか、テレビの放送終了後に流れる砂嵐を録画したビデオに変な声が紛れ込んでいたとか。「こんなことがあったら嫌だな」とぼんやり想像していた事象がダイレクトに全部詰め込まれている。何度もトラウマになりました。

……と多感な時期に出会い、影響を受けてきたホラー作品で多用されていたのがこのビデオテープ。だからこそ作り手としてホラー作品に関わるようになってからも、ここぞという時に取り入れるひときわ特別なモチーフでもあります。作品の中で「これから怖い映像を見せよう」という時に、そのソースがビデオテープだったり、映像にノイズが入ったりすることで、一気に画面が不穏になって怖さに説得力が増すような気がするんですよね。

ただその時に大切にするのはリアルであること。今はアフターエフェクトというソフトがあって、PCやアプリを使えば、撮り下ろした映像の中にレトロで粗い質感のノイズを差し込むことはそう難しいことじゃない。

でも自分が本当に怖いと感じる対象だからこそ、嘘をつきたくない思いがあって、“風”では嫌だなと。『フェイクドキュメンタリーQ』でビデオテープを用いるエピソードを制作する際には、寺内(康太郎)監督と一緒にデッキを引っ張り出してきて、実際にテープに焼いて映像を劣化させています。

今の時代に映像というと、DVDやインターネット上での配信が主流で、ビデオテープは一昔前のもの。今ではデッキを持っていなくて再生すらできない人も少なくないでしょう。でもその距離の遠さこそが、まさに怖く感じる理由なのかなと。

例えば、呪われている日本人形が一体あるとします。それを部屋の真ん中に置いておくのも十分怖いけれど、目に入らないようにと押し入れにしまい込んでしまう方が一層怖くなるような気がしませんか?

今の自分たちにとって、ビデオテープというメディアは、まさにしまい込んだ日本人形と同じ。自分の目に見えないところで、どんどん埃をかぶって劣化していっているわけです。しかも、誰もが簡単に上書きできてしまう媒体だからこそ、デッキに入れて再生するまで中身が全くわからない。そんな閉ざされていて不明瞭な側面に、恐怖と同時にロマンを感じるのかもしれません。

今でも自分はいちホラーファンでもあり続けていて、配信はおろかDVD化もされていない古い時代のホラー映画のビデオテープをネットオークションなどで落札するのが趣味になっています。もちろん映画を観るのが本来の目的ですが、ようやく手元に届いたビデオテープを手にした時にいつも頭に浮かぶのは、もしかしたらパッケージに書いてあるのとは別の映像が上書きされているかも……という想像。

怖いような、でもどこかで不気味さと対峙したいような不思議な気持ちを携えつつ、デッキにビデオを差し込んでいます。

ブラウン管テレビ

これを観て、怖くなった

映画『リング』
『リング』
監督:中田秀夫/日/1998年/テレビディレクターの浅川玲子は、姪の突然死をきっかけに、「観ると1週間後に死ぬ」とちまたで噂される呪いのビデオテープの実態を調査することに。だが彼女自身もビデオの中身を目にしてしまう──。U-NEXTで配信中。©1998「リング」「らせん」製作委員会