「名車探偵」映画・ドラマに出てくるクルマの話:リンカーン・コンチネンタル

車好きライター、辛島いづみによる名車案内の第22回。前回の「ダットサン ブルーバード 1200」も読む。

text & illustration: Izumi Karashima

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It’s OK with me. マーロウのクタクタの愛車

テリー・レノックス「お前はなんもわかっちゃいないよ、負け犬野郎」。フィリップ・マーロウ「ああ。猫にも見捨てられたからな」。

ふと、『ロング・グッドバイ』(1973年)が観たくなりU−NEXTをチェックした。レイモンド・チャンドラーの小説を大胆にアレンジしたロバート・アルトマンの傑作である。

というのも、2月にクエンティン・タランティーノがオーナーを務めるロスの名画座〈ニュー・ビバリー・シネマ〉で公開50周年を記念した上映会があったそうで、主人公の私立探偵フィリップ・マーロウを演じたエリオット・グールドが映画館前で佇む写真をSNSで見かけたからだ。「カーリー印の猫缶よ永遠に」という言葉とともに。

アルトマンは当初映画化に積極的ではなかったという。マーロウといえばハンフリー・ボガートの印象が強く、いまさら感もある。でも、朋友グールドがマーロウを演じることになり、ボガートの『三つ数えろ』(46年)の脚本も手がけたリー・ブラケットによる原作とは違う結末を気に入った。舞台を70年代のロスに置き換え、50年代の価値観を持ったリップ・ヴァン・ウィンクル(アメリカ版浦島太郎)ならぬ「リップ・ヴァン・マーロウ」というそれまでにない主人公を描くことに。当時最新のフェラーリやメルセデス・ベンツなどが劇中に登場するも、マーロウだけが48年式の古ぼけたリンカーン・コンチネンタルに乗るのはそういうことなのだ。しかもそれはグールド本人の愛車だったというから面白い。ちなみに、「猫好きマーロウ」もアルトマンのアレンジ。チャンドラーの飼い猫のエピソードにならい「カーリー印の缶詰しか食べない猫」を思いついたという。

わがままな猫やヒッピーギャルたちに振り回されつつ「己の正義」を貫く男。チャンドラーファンのウケは最悪だったが、「It's OK with me(関係ないけどね)」が口癖のグールド・マーロウはその後の新しいハードボイルド像を確立。松田優作も大いに刺激を受けたと聞く。

ハリウッドの丘陵地にあるマーロウのアパート〈ハイ・タワー〉はいまも健在。90年代にはカート・コバーンとコートニー・ラヴも敷地内に居住していた。やっぱ憧れがあったんだろうなあ。

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