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谷川由里子、青松 輝ら気鋭歌人4人が名歌に返す、一行

ある短歌に対し、そこから受け取った心象や情感を歌で返す「返歌」。今回は歌人の東直子さんと編集部で選んだ希望を感じる4首を受け、気鋭歌人4人が返歌を詠む。詠み手同士の感性が交わり、新たな名歌が生まれた。


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text&edit: Emi Fukushima / cooperation: Naoko Higashi

本歌 1首目

死の側(がは)より照明(てら)せばことにかがやきてひたくれなゐの生(せい)ならずやも

斎藤 史

二・二六事件で友を失うなど波乱の人生を生きた女性歌人の一首。今自分がいる苦しい現実も、死者の視点から見れば紅色のように格別に美しく輝いているのではないかとの意。『ひたくれなゐ』(短歌新聞社文庫)に収録。

谷川由里子の返歌

いつか目に光が映らなくたってみるだろう血の血のような夕焼け

詠み手が導き出した“人生の答え”が凝縮された力強い本歌。時代を超えて共鳴したいと考え、胸を打たれた“ひたくれなゐ”の言葉とリンクする血や夕焼けなど普遍的な紅色の要素を盛り込みました。

伊舎堂 仁の返歌

生まれたとき校内放送が聞こえた それからは一回もなかった

「死後の世界」とそこからの「映像」をテーマにした本歌を受け、死と真逆にある生まれたての「生」とそこで聞こえた「音」を表現しました。対比的な2首を同時に味わってもらえたら。

川野芽生の返歌

もうおやすみ。生者を照らす灯(ともしび)を手放して蒼き忘却のなか

本歌で生のまばゆさを見つめているのは非業の死を遂げた人々。彼らにこそ安らかになってほしいとの思いを込めた一首です。

青松 輝の返歌

ベッドサイドランプは(きみをうつくしく見せているすべては)死の序曲

本歌の“かがやきて”から、光に照らされる大事な人の横顔を想起して作りました。

本歌 2首目

ここはアヴィニョンの橋にあらねど♩♩♩曇り日のした百合もて通る

永井陽子

フランス民謡「アヴィニョンの橋の上で」とリンクした一首。まるで、みんなが踊るというアヴィニョンの橋の上にいるかのように、の花を持って軽快に橋を渡っているとの意を示す。『ふしぎな楽器』(沖積舎)に収録。

谷川由里子の返歌

伸びやかに暗渠にのこる橋がある薔薇色の靴音を鳴らして

明るい歌とされる一方、4分音符や“曇り日”から一抹の不穏さも受け取れる本歌。明暗の両方を抱えながら、それでも歩いていくイメージを歌に込めました。

伊舎堂 仁の返歌

赤ずきんちゃんになれたら かごいっぱい永井さんちにとどけるチェルシー

本歌が持つのは“もしもここがアヴィニョンの橋だったら”のニュアンス。この“もしも”を何重にもちりばめ、晩年病に苦しんだ詠み手を励ませたらと考えました。

川野芽生の返歌

いづこへも届かざる美(は)し 異界へと手を差し伸べて舞はむここにて

今はなきアヴィニョンの橋。どこにも届かないようでいて、どこにでも届くのかも。そんなイメージが浮かびました。

青松 輝の返歌

天国に行ったことないから僕らは天使ってうまく言えない halo

存在しないものを言葉だけで読み手にイメージさせてしまう本歌のロジックを踏襲しました。言葉への揶揄と期待が共存する、自己矛盾を歌に込めています。

本歌 3首目

さくらさくらいつまで待っても来ぬひとと/死んだひととはおなじさ桜!

林あまり

桜のモチーフを多用しながら激しい恋の終わりを表した一首。詠み手自身が本歌を含む連作を再構成して作詞をした坂本冬美の「夜桜お七」は、1994年に発売され大ヒットに。『MARS☆ANGEL』(沖積舎)に収録。

谷川由里子の返歌

幽霊も渡れるようにうめつくす公園のこの花びらの河

返す言葉が見つからないほど力強く言い切られた一首なので(笑)、私は物語の続きである、桜が散った後の光景を思い浮かべてみました。

伊舎堂 仁の返歌

はなびら(じゃん、) 指示で除草剤を撒く人(けん、) 愛のおわりのさけびごえ(ぽん!)

本歌の劇的な情景の相対化を試みました。“愛のおわりのさけびごえ”とそれを囲む“はなびら”、そしてすべてを打ち消す “除草剤”の存在。その三すくみの関係を表しつつ、本歌の勢いを受け継ぐべき末尾の「!」を踏襲しています。

川野芽生の返歌

待たれても行かない ここはあなたには彼岸だらうか緋(あか)き花咲く

勝手に恋慕され、勝手に死者にされた側の人を掬い上げたくて作った一首です。

青松 輝の返歌

もちろん僕らは抵抗するよ、言葉で。パリは雪で、上海が燃えてる。

本歌で多用される“さくら”に感じたのは、ある種ネットミームのような大衆性の暴力。それらに抗いたいという思いを込めています。

本歌 4首目

だれからも愛されないということの自由気ままを誇りつつ咲け

枡野浩一

現代の短歌シーンを牽引する詠み手による、第1歌集からの代表的な一首。愛されないことを、悲観的に捉えたり、それに対し卑屈になったりすることなく、軽やかに肯定した作品。『てのりくじら』(実業之日本社)に収録。

谷川由里子の返歌

音楽にのっているんじゃないこともないんだ花と水のメロディ

“ということの”に韻律意識の高さが表れた本歌。意味とリズムの両輪で軽やかさが表現されているので、私も軽快に返したいなと。

伊舎堂 仁の返歌

「ノンアルコールビールを飲んで休憩から戻る」をした日は咲いてただろうか?

絶えず“今お前は咲いているか”と問いかけてくる本歌。休憩中にノンアルビールを飲むような、制約の中で謳歌する自由を表しました。

川野芽生の返歌

愛といふ愛から逃げむと思ふとき小舟のごときはなびらは降る

愛されないことの逆説的な自由、ではなくて、愛されてしまった人も自由を求めていい、と言いたくて作った一首です。

青松 輝の返歌

詩人になって僕はあなたを愛していたと書くだろう たったの一行で

あまりにシンプルな一首ゆえ、この一行になるまでに弾かれてきたノイズのような言葉たちを思うと切なさも感じます。短歌に携わる身としての自戒も込めて、一行に収めることへの皮肉とロマンを歌にしました。

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