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「スベる」「イタい」を定着させた松本人志の言語世界。高須光聖と金田一秀穂が検証

ズラリ並んだ「流行にならない流行語」(©松本人志)。友人との雑談からビジネスの現場まで、今やあらゆる場面で流通するこれらの言葉を広め、定着させたのは松本人志といわれる。現代日本語の世界を自由自在に拡張し続ける、そのマジカルな手さばきの美しさとは。その言語世界を検証する。
初出:BRUTUS No.673『美しい言葉』(2009年10月15日発売)

 

photo: Kazuya Morishima / text: Kosuke Ide

サムい

ギャグなどが受けていない状態、あるいは面白くないことそのものを指す。関西弁においては「さぶい」とも。用例:「社長のつまんない話ですっかりサムい空気になっちゃったよ」「おまえのギャグ、サムいな〜」

ベタ

ありきたりでひねりがないこと。もとは関西の芸人言葉で、その種のギャグを「ベタネタ」と呼んだことから、凡庸さやわかりやすさの意味で幅広く適用される。用例:「ベタな話だけど、親は大切にした方がいいよ」

スベる

ギャグやネタ、冗談が受けないこと。もともとは関西の芸人たちの間で使われていた言葉。用例:「俺、この話だけは一度もスベッたことないんだよね」「あいつ、今日はいつも以上にスベッてない?」

〜入ってる

「〜」が指し示す状態になっていること、また「〜」の指し示すものの要素が含まれている状態。用例:「なんか、今日ブルー入ってる(元気がない)んだ」「あの子のキャラ、ちょっとオカン入ってるんだよね」

イタい

その場の雰囲気、空気が読めていない、場違いな状態。勘違いなどにより認識がズレている人が、周囲から浮いてしまっている様子。用例:「あの、さっきから1人ではしゃいでる人、ちょっとイタいよね」

〜的な

本来は名詞に付いて「〜のような(性質を持っている)」という意を表すが、名詞以外にも自由に繋げて、ある姿勢や状態を指し示す。用例:「謝る必要なんてないよ。むしろ“言ってくれてありがとう”的な気持ちだよ」

素(す)

元来、「ありのまま」を意味する言葉だが、そこから転じて「何も装わず演技もしていない、自分本来の人格が露(あらわ)になっている状態」を指す。用例:「あまりにも面白くて、思わず素で吹いちゃったよ」

ヘタレ

根性がなく、情けない、臆病など、弱々しい人物像を表す。関西の落語家、お笑い芸人の間で「一人前でない芸人」を指す言葉だったが、意味が拡大され普及。用例:「お前みたいなヘタレじゃ、この先やっていけないぞ」

引く

醒めたり、しらけたり、あきれたりして積極性が失われる様子。上級表現が「ドン引き」。用例:「あまりにも強引に誘ってくるから、さすがに引いちゃってさ」「初めての合コンでシモネタばかりなんて、ドン引きだよね」

カブる

特徴、個性などが重複していること。しばしば人間性など内面的な部分にも適用される。もとは麻雀用語とも。用例:「企画書の内容がカブッちゃったね」「あの人と俺のキャラがカブッてるから一緒にやりにくいなあ」

どエム

エム(M)は「マゾヒズム」の頭文字。被虐性欲が特別強い人、転じて「他人の指示や命令に喜んで従う人、または性格」を指す。逆は「どエス」。用例:「彼はどエムなんだから、どんどん命令してやってくださいよ」

グダグダ

長々としていて、まとまりが失われてしまった様子。緊張感がなく、時間が無駄に過ぎていく様子を指す場合も。用例:「あの番組、後半はグダグダだったね」「今日は朝から仕事もしないでグダグダしっぱなしだ」

逆ギレ

「怒る」という意味の新語「キレる」から発展した言葉。本来は自分が相手に怒るべき場面なのに、なぜか相手から逆に怒られてしまうこと。用例:「向こうが車をぶつけてきたにもかかわらず、逆ギレしてきたんだ」

ヨゴレ

もともとお笑い芸人の仲間内で使われていた隠語で、シモネタや一発芸などを多用し、自分を汚すことで笑いをとる芸人のことを指し、転じてそういった泥臭いイメージ全般を指す。用例:「あいつはヨゴレキャラだからなあ」

噛む

言葉がスラスラと出てこず、言いよどんだり、言い間違えたりしてしまうこと。もとは放送業界用語(「舌を噛む」から来ているといわれる)。用例:「うわあ、あいつ大事なプレゼンの場で噛みまくりだよ」

ヘコむ

(主に一時的に)気分が落ち込むこと。自信を喪失したりして、ショックを受け、やる気をなくすこと。用例:「大事な仕事で失敗してしまって、ヘコんだなあ」「彼女の辛辣な一言ですっかりヘコまされた」

松本人志

検証:高須光聖
耳障りな言葉の強さをあえて本能的に選ぶ
「禁じ手」の笑い

松本が生み出したり、定着させたりした言葉は数えきれないくらいあると思いますよ。彼の言葉というのは、「多くの人が日常的に目にしているのに、色々な理由があって口にしていないこと」を表現する、いわば「禁じ手」みたいなもの。

「S」とか「M」とかいう言葉だって、松本が定着させる以前は、テレビで言ったらみんな引いてましたからね。でもこの言葉以上に、こういう種類の人間性を的確かつ端的に表す言葉はなかったんですよ。それは逆に言えば、耳障りな言葉とも言えますが、耳慣れない表現を使うことで、違和感によって強さが出てくることがある。そういう意味で彼は「耳がいい」というか、その場の状況に最もフィットした、強さのある言葉を瞬時に、本能的に選んでいるんだと思います。

例えば、彼がよく言う「グダグダ」という言葉がありますが、この言葉を聞けば、「ある状況をなんとか打開しようと一生懸命、四苦八苦しているけど、どうにもこうにも全くうまくいかない様子」がポーンと頭に浮かぶでしょう。その一言で、その人の「苦労」や「焦り」までをも表現してるんですね。

ほかにも、「男前」って普通は肯定的な意味ですけど、松本が「キミ、オットコマエやな〜」と言ったとき、そこには「顔だけがいい男」「ちょっと天然の人」という二重、三重の意味を含んでいて、ある種の揶揄になっている。そこでは「男前」は恥ずかしい、ダサいものになってしまうんです。これは、本来は男前には絶対勝てない、ブサイクな男からの反撃でもあるんですよ。

あえて相手の一番秀でているところをズバリと突いて、逆に相手が言葉を失ってしまう、まさに禁じ手。状況を的確に伝えるというだけじゃなくて、えげつない話でも表現一つで価値観をひっくり返し、笑いに変えてしまう。やはり言葉で勝負している人間のすごさだと思いますね。

検証:金田一秀穂
メタ的視点によるコミュニケーションを
言語化したリアリティ

この20年ほどの間に、松本さんの話す言葉が若い世代の人々を中心にして強い影響を与え続けてきたことの要因には、その言葉に強いリアリティがあったからだといえるでしょう。若者というのは常にモヤモヤした「言いたいこと」を表現する欲求を持っていますが、出来合いの言葉では自分の気持ちを表せないわけですね。

そういう若者の言葉にならない気分みたいなものを、松本さんが言語化し、言い当ててくれたという側面がある。彼の言葉の多くは、コントや漫才などのネタよりも、トークというアドリブの会話の緊張感の中で生まれてきた言葉ですから、より「生きている」というか、「使える」言葉になるんでしょう。

彼がよく使う言葉の特徴を挙げるとするなら、「コミュニケーションに関わる言葉」であるということ。「サムい」「スベる」「引く」「素」などはすべて、誰かとおしゃべりしているときの状態や空気感などを表現する言葉ですが、そこには「しゃべっている自分を別の視点から眺めている」という醒めた感覚を感じます。つまり「メタコミュニケーション言語」であり「言葉を批評する言葉」。

彼が普段から恐ろしく意識的にしゃべっているからこそ、こういう表現が出てくるのでしょうが、仲間内のコミュニケーションを重視する現代の若者には特に、こういったメタな対人関係を表す言葉は好まれます。「超ウケる〜」なども同じ類の表現といえるでしょう。

言葉の意味はどんな時代も常にズレながら変化していきますから、僕の感覚では松本さんの言葉も流行語の一つですが、いわゆる「流行語大賞」的なものではないですよね。日常に定着し、流行とも意識されなくなってきている。それはやはり彼自身が「他人の言葉」で話さない、知ったかぶりをしない人間だから。当然、その言葉には実感がこもっていて、リアリティの強さがあるんです。