食いしん坊コンビがゆく、
松本一泊二日の珍道中
平野紗季子さんと鶴見昂さんは、旧知の食いしん坊友だち。毎年5月に開催されていた『六九クラフトストリート』に参加していたとあり、なかなかの松本ツウな鶴見さんを案内役に、二人で松本市内を食べ歩き。
シュークリーム、うなぎ、方やラーメンを挟みつつ、ソフトクリームにビストロ。湧水で喉を潤しながら、シャンパーニュ、ワイン、カクテル、シングルモルトまで。
同じ場所、同じ時間。一緒に美味しいものを頬張って、暑さを吹き飛ばすような食べっぷりを見せてくれた二人。まずは、フェスティバル開催中に室内楽のコンサートが開かれる松本市音楽文化ホール(ザ・ハーモニーホール)へ。
パイプオルガンが鎮座する神々しいステージに立ち、クラシックの空気をたっぷり吸い込んでから旅はスタート。それぞれの視点で、松本一泊二日の旅を振り返る。
〜平野紗季子編〜
ひんやりを追いかけて
平野紗季子/文
それはもう灼熱の松本だった。駅前の温度計に浮かぶ38度の文字に白目を剥きながら、私たちは忍者のように日陰を縫って松本の街を歩いた。その修行のような過酷さが、ひるがえって輝かせるものもある。松本のひんやり。この旅を思い出すとひんやりとしたものや場所の眩しさばかりが蘇ってくる。
冷房の効いた音楽ホール。〈開運堂〉のロボットソフトクリーム。〈メインバーコート〉のカウンターで席に着くなり差し出されたのは、薄いハリッとしたグラスに氷山のように削りたての氷が浮かんだ松本の湧水。
その涼やかでまろやかな中軟水は、ごくっと飲むたび体がシャキッとして、もう止まらない。店のお水を飲み尽くしてしまう勢いで、おかわりにおかわりを重ねてしまった。すみません。
そしてなんと言っても、〈マサムラ〉だ。憧れのマサムラ本店の扉を開ければ、キンとした大理石の床。涼しげにフルートを響かせる店内音楽。中央に鎮座するお菓子の冷蔵ショーケース。今の私の渇望するものすべてに囲まれた空間で、生まれたてのベビーシュークリームを20個もかっさらっておもむろに頬張る。
羽衣のように軽やかな皮を破ってじゅわんと冷たいクリームが広がった瞬間、「生還」の二文字が浮かんだ。私は生きている。私は助かった。それはクリームという名のオアシスであった。冷たくて、甘くて、干からびた体にすんなり染み渡っていく。ああ、こんなにも潤うなんて。シュークリームで水分補給という、知られざる夏の喜びに私は触れてしまった。
冷たくなった胃袋に、〈山勢〉の炎のような鰻重をかきこめば、もう向かうところ敵なしだ。猛暑、酷暑、かかってこい。夏バテは私が倒してやるよ……と、無闇に虚勢を張り出す私を前に、松本の陽は穏やかに落ち始め、夕暮れが迫る頃にはすうっと冷涼な山の風が降りてきた。もう、すっかり呼吸がしやすい。
セイジ・オザワ 松本フェスティバルが始まれば、会場はもちろんのこと、駅前や公園のいたるところでクラシック音楽の演奏が行われるらしい。女鳥羽川の美しい川べりを歩きながら、涼やかな風に、音楽の音色が混ざり合って、街が金色に染まっていく時間を想像する。やっぱり、松本は潤っている。この風に、この音楽に身を浸して、どこまでも泳いでいけそうな気がした。
〜鶴見昂編〜
松本のオアシス
鶴見昂/文
あーっつい!!
松本駅を降りた瞬間、思わず叫んでしまった。
肌をジリジリと焼き付けるような日の光。なんだか太陽が近すぎるような気がする……。
それもそのはず。松本駅周辺の標高は592mもあるそうで、いわばスカイツリーの展望台に立っているようなものなのである。市役所の方からそんな説明を受けてからは妙に納得。
なんだか松本の日差しの強さも旅先のエンターテイメントであるかのような気がして、よし!と腹をくくり街を歩き始めることにした。
松本にはオアシスのようなお店が沢山ある。〈マサムラ〉のひんやり冷たいベビーシューに、フラミンゴ型のマシンが作ってくれる〈開運堂〉のソフトクリーム。それから〈山勢〉のうなぎといただくシャンパーニュも最高だ。
〈メインバーコート〉に入れば、ウイスキーのチェイサーに源智の井戸で汲まれた松本の地下水がついてくる。歩き疲れて砂漠のように乾いた身体に、冷たく、澄み切った味の液体が染み込んでいく……ああなんという快楽!
それでも暑さに耐えられなければ、ところどころ設置されている井戸で地下水をくみ、涼をとることも可能である。日が暮れてくるとアルプスから涼しい風が流れてきて、昼間の暑さは何処へやら、快適な夜が待っている。
今まで何度も仕事で訪れたことはあったけれど、こうしてブラブラと松本の街を散歩したのは初めてかもしれない。お菓子を作る私は、湿気が少なく、果物が豊富に採れるこの街にもともと強い憧れを抱いていたけれど、散歩してみるとこんなに楽しい場所だったなんて!
市街地を流れる地下水のように、松本の街が音楽で溢れるセイジ・オザワ 松本フェスティバルの期間中はさぞ素敵なのだろう。まだまだ知らない松本の魅力を探しに、いつか再びこの街を訪れたい。
セイジ・オザワ 松本フェスティバル期間中、
松本市で立ち寄りたいおすすめのお店
松本市音楽文化ホール(ザ・ハーモニーホール)
メインホールには県内唯一の荘厳なパイプオルガンがあり、クラシック専門の音楽ホールとして親しまれている。フェスティバル期間中は「セイジ・オザワ 松本フェスティバル2022 ふれあいコンサート」を開催。8月20日、29日、9月1日の全3公演で、国内外の演奏家による多彩な室内楽の調べが楽しめる。チケットは公式サイトまたは各プレイガイドで販売中(一般/6,000円)。
松本市音楽文化ホール(ザ・ハーモニーホール)
住所:長野県松本市島内4351
TEL:0263-47-2004
営:9時~22時
休:原則月曜、年末年始ほか
公式ホームページ:harmonyhall.jp
マサムラ
1968年創業、洋菓子店。一番人気は、松本市民が愛してやまないという「ベビーシュークリーム」。絶妙なバランスのカスタードクリーム&ホイップクリームが飛び出ぬよう、パクッと一口で頬張りたい。様々な種類のシュークリームがアラブショーケースは、まるでシュークリームの博物館。お土産に「天守石垣サブレ」もぜひ。
マサムラ
住所:長野県松本市深志2-5-24|地図
TEL:0263-33-2544
営:9時~19時
休:月2回火曜、不定休
山勢
「うなぎの脂を身に回すように小まめに回転させながら、高温で脂をしっかりと焼き切ります。そうすると、うなぎ自身の脂で身がふっくらと仕上がり、脂が旨み、甘みに変わるんです」とオーナーの富永佳介さん。うなぎは関東風の背開きで、蒸さずに地焼きするいわゆる関西風で焼き上げる独自の流儀。うなぎの白焼を肴に流し込む、シャンパーニュは抜群。
山勢
住所:長野県松本市中央1-2-20|地図
TEL:0263-88-6005
営:12時~14時、17時30分~21時
休:月曜、日曜夜
Instagram:@yamasei_unagi
メインバーコート
蔵造りの建物の2階にたたずむオーセンティックバー。イギリスのパブをイメージしたという暖かな木の温もりに包まれた店内に、一枚板のカウンターと英国アンティークのチェアーが並ぶ。世界各地の洋酒が500種類以上揃うい、地元のフルーツを使ったオリジナルカクテルも人気。2016年より「松本ブルワリー」も運営し、市内の蒸留所でクラフトビールも製造している。
メインバーコート
住所:長野県松本市中央2-3−5ミワビル2F|地図
TEL: 0263-34-7133
営:18時〜24時
休:日曜(日・月連休の場合は月曜休)
HP:http://mainbarcoat.com/
10cm
木工作家デザイナー・三谷龍二さんの作品に出会える、小さな空間。器やカトラリー、カッティングボードなど三谷さんの木工作品のほかに、洋服やジュエリー、作家ものの器、お茶など店主がセレクトした暮らしにまつわる品もが揃う。ギャラリーのような、お店のような、アトリエのような、不思議と安らぐ空間。
10cm
住所:長野県松本市大手2-4-37|地図
TEL:0263-88-6210
営:11時~18時
休:月曜〜木曜
珈琲美学アベ
957年創業の純喫茶。サイフォンや二代目店主・安部芳樹さん考案の完全抽出のネルドリップコーヒーなど、美味しいコーヒーが自慢。オーケストラのメンバーたちも御用達で、フェスティバル開催中に訪れれば演奏者たちにばったり出会えるかも。モーニングにも、ぜひ。
珈琲美学アベ
住所:長野県松本市深志1-2-8|地図
TEL:0263-32-0174
営:7時~18時30分
休:火曜
Instagram:@abe_coffee_1957
オークリヨードヴァン
フランスの気軽な食堂をイメージしたという、夫婦で営む街のビストロ。地元信州の野菜を山盛り使ったサラダからメインの肉料理まで、ワインがすすむメニュー。演奏者やオペラの舞台美術館の外国人スタッフも唸らせる味で、10年来の常連も多いそう。壁にはフェスティバル関係者のサインで溢れ、その中心には小澤征爾さんの名前もあり。
〈オークリヨードヴァン〉
住所:長野県松本市深志1-2-11 昭和ビル1F|地図
TEL:0263-37-1966
営:11時30分〜13時30分、18時〜22時
休:不定休
開運堂 松風庵
明治17年(1884年)創業、松本を代表する老舗の菓子処。四季折々の草木が息づく中庭を望む〈松風庵〉では、喫茶とお茶席が楽しめる。市街の雑踏と騒音を逃れて、手作り和菓子と一服のお茶で心やすらぐ一時を。近くには2019年に国宝に認定された旧開智学校校舎(耐震工事のため現在休館中)もあるので、お散歩ついでに足を運ぶのも良い。
〈開運堂 松風庵〉
住所:長野県松本市開智2-3-30
TEL: 0263-32-1985
営10時~17時(16時30分LO)
休:(祝日の場合は営業、翌日休)
※未就学児の喫茶、お茶席の利用は不可。
松本市美術館
アーティスト草間彌生による巨大な野外展示《幻の華》と《松本から未来へ》に出迎えられる。松本市は草間彌生の故郷であり、常設展展示室では〈草間彌生 魂のおきどころ〉を通年で鑑賞できる。~9月25日まで、初期作品から近年の浮世絵版画による富士山連作まで約350点を一挙に公開した『草間彌生 版画の世界』が開催中(観覧料/一般1,200円)。
松本市美術館
住所:長野県松本市中央4-2-22|地図
TEL:0263-39-7400
営:9時~17時(入場は16時30分まで)
休:月曜(祝日の場合は翌平日)、年末年始(12月29日~1月3日)、8月は無休
観覧料:一般410円