年齢を重ねるにつれ、興味の的は睡眠空間へ
芸人や作家だけでなく、服好きとしても知られるお笑いコンビ・ピースの又吉直樹さん。遂にブランドを立ち上げたと思いきや、作ったのはオリジナルのパジャマだという。数あるファッションアイテムがある中でなぜパジャマを選んだのだろう?
「単純に、今一番作ってみたいものでした。若い頃は、人に見られる外着のファッションばかり気にしていたけど、年齢を重ねるにつれ、どんどん自分が心地よいことを意識していくようになって、睡眠空間に辿り着いたんです。パジャマや寝具を自分の納得できるものにしたいなと。塗り絵に例えたら、全部色を塗れた状態になるんです。最後の細かいところまで塗りつぶして、やっと人間として完成した感じがするんですよね」
ブランドの名前は〈水流舎(つるしゃ)〉。一見聞き馴染みのないこの言葉は、又吉さんのルーツである、地元の大阪府寝屋川からきているそうで。
「昔から言葉の語源を探るのが好きなんです。諸説あるんですが、僕の故郷は元々宿場町だったんですよね。ルーツである寝屋川の“寝”“屋”はパジャマを連想させるし、“川”は水が流れる。そんなことに着想を得て〈水流舎〉という名前にしました」
竜に守られながら寝ると、すごく安心感があるんです
これまでも、パジャマだけでなくジャージ、健康関連グッズなど、いくつもの寝間着を愛用してきた経験から浮かび上がってきたキーワードは「充実感」。
「きっと、小学生の頃は、お泊まり会に勝負パジャマを着て行ってたはずなんです。『俺はこれで行くぞ』『あいつこんなの着てるんや』って(笑)。大人になってもそういう気持ちを大事にしたくて、『明日は大事な日だから今日はこのパジャマを着て眠りたい』と思えるようなパジャマを目指しました」
寝間着でありながら、ちょっとした外出にも着ていけることを意識して作ったというパジャマは、オープンカラーの襟に、胸元の刺繍や、アロハシャツ風のボタンなど、古着好きの又吉さんらしいデザインだ。他にもズボンのスリットやパンツの紐など、随所にこだわりが見られる。
「刺繍は〈水流舎〉という名前から想起して水の神である竜を選び、浮世絵っぽい雰囲気で作りました。何度か修正を繰り返していくうちにほんの些細な部分まで追求したくなって。竜の口も最初は竜っぽさを出すために口を開いていたんですけど、寝ている時に着るのに口が開いていたら変じゃない?となったり。あと、竜に守られながら寝るって、すごく安心感ありませんか?神社の境内とかで寝てみたいじゃないですか(笑)」
コントも小説もパジャマも、考え方は同じ
こうして生まれたパジャマは、2月に東京・下北沢と大阪・寝屋川で開催されるイベント会場限定で販売されるそう。一体、どんなイベントになるのか。
「せっかくパジャマをお披露目するので、“寝る”にちなんだ試みをしてみたくて、寝る前に聞きたくなる文章を書いて朗読できたら面白いんじゃないかと考えています。ただ、良く眠れることを前提にした文章って、多分そんなにないですよね(笑)。今まで考えたこともなかったお題なので、新鮮な気持ちで臨んでいます」
第一弾はパジャマからはじまった〈水流舎〉は、今後も時期やアイテムなどは決めず、何か作りたいものに出会えたら、細部までこだわって、面白がりながら続けていく予定だそう。
「歳を取ると『これの一番ってなんなんやろ』と思うことが増えるんです。髭剃り、歯ブラシ、今回ならパジャマ。いろいろ試して、僕にはこれが一生合うと思えるものがだんだん決まってくる。そういうイメージで作れたら楽しいですね。次はスカジャンかもしれないし、本かもしれないです」
〈水流舎〉としての活動は、芸人、作家というこれまでの活動とはまた異なる一面となっていくのだろうか。
「やっていることは確かに違いますが、根本の考え方は全部一緒なんです。コントも小説も、僕個人が思う自分勝手な一番を作る。そうすると、広く共感してもらえなかったとしても、誰かと強く結びつけると思うんです。多分、僕はそういう作り方しかできないんですよね」