今週末「BRUTUS JAZZ WEEKEND」が開催される南青山〈BAROOM〉の人気企画“THIS IS MY STANDARD”は、ジャンルや世代を超えたアーティストが「私にとってのスタンダード」をシェアする新たなトーク&ライヴシリーズ。その記念すべき1回目に登場したのが、マーティ・ホロベック・トリオ featuring 井上銘 and 石若駿だ。
マーティ・ホロベックは南オーストラリア州アデレード出身。オーストラリアから日本の音楽シーンに拠点を置き、現在ではひっぱりだこの人気ベーシストとなった。NHK Eテレの「ムジカ・ピッコリーノ」での出演も記憶に新しいところだろう。
新企画“THIS IS MY STANDARD”への出演を依頼すると「スタンダードって自分の曲でもいいんだよね。だったらマーティ・ホロベック・トリオにとっての定番のSONGSを演奏してもいいかな!」とマーティ。
盟友の石若駿(ds)、井上銘(g)と『Polygon』『Naruyoninaru』『Karuizawa』など、マーティ・ホロベック・トリオの人気ナンバーで会場を沸かせた。オーガニックだけどスリルにあふれる楽曲は、マーティが仲間たちと日本中を旅しながら友情を深めていくなかで生まれた楽曲だ。
そんなオリジナルなセットリストのなかでマーティが演奏した唯一のジャズスタンダードが時代を超えて愛され続ける名曲「Stars Fell on Alabama」だった。
「たくさんのアーティストがレコーディングしてきたけれども、僕が最初に惹き付けられたのはルイ・アームストロングとエラ・フィッツジェラルドのデュエットによるバージョンだったんだ。ふたりの声の絶妙な具合にブレンドしたところに、スイングしまくりのリズムセクション、そしてみずみずしいアレンジ!すっかり魔法をかけられたんだよ」
Frank Perkinsが作曲し、Mitchell Parishが詞を書いたこの楽曲についてマーティには深い思い入れがある。
「特に歌詞が自分にとっても特別なんだ。僕は素敵なラブソングというものが好きでたまらないんだけど、ロマンチックな出会い、そして遠く離れている誰かを恋しく思うほろ苦い気持ちが鮮やかに描かれているよね。さらに音楽的に言うと、この曲のメロディーはシンプルなんだけどジャズ的な“しかけ”が少しずつあってとても興味深いんだ。そしてコードの上を踊るメロディーは緊張感と解放感の両方がある。サビの最後の転調は、スタンダードでよく使われる手法だけど、この曲にピリリとスパイスを効かせているよね。そういった瞬間的な煌めきがさらにこの楽曲を特別なものにしていると思う」
マーティいわく、「Stars Fell on Alabama」は恋に落ちる魔法とミステリーをとらえた楽曲。
そんなロマンチックなマーティの心の中で特別な位置を占めるもうひとつのスタンダードが『I Get Along Without You Very Well』だ。作曲はHoagy Carmichael,歌詞はJane Brown Thompson。
「ずっと昔に、チェット・ベイカーの“I Get Along Without You Very Well"を初めて聴いたんだ。チェットの控えめなアレンジとメランコリックな歌声は本当に魅力的。だけどその後、メルボルン生まれの歌手Georgie Darvidisがこの曲を歌っているのを聴いて、初めてこの曲の持つ”胸が張り裂けるような気持ち”というのを深く理解したんだ。
Georgieの解釈は、この歌詞に込められた痛みと生々しい感情を鮮やかに表現していて、心に強く訴えかけてきたんだよ。失恋したときの深い喪失感のなか、なんとか前に進もうともがき苦しむ気持ちを、歌詞とメロディーの両方でよく描いている卓越したスタンダードだよね。そういう気持ちって万国共通、普遍的であると同時にとてもパーソナルなもの。だからこそ長年にわたって愛されているんだと思うよ」
愛されるスタンダードの秘訣ってそうなのかもしれない。