アーティストが生んだ作品を
愛し育てる者として。
ジャン=ミシェル・バスキア《無題》を落札したのはZOZOTOWNを運営するスタートトゥデイ社長の前澤友作さんである。バスキア作品の落札価格がとりわけ取り沙汰されたがオークションが行われた2日間にクリスティーズとサザビーズで絵画、彫刻など全7点を合計およそ9,800万ドル(日本円換算約109億円)で落札した。
「オークションのプレビュー(*1)のときはニューヨークにいて、バスキアは1回見て、うーんってなりました。半日くらい考えて。で、もう1回見せてくれって頼んで特別に見せてもらいました。オークションのときはもうロサンゼルスにいたので電話でビッドしたんです。ネット中継を見ながら。
バスキアは最後は一騎打ちでした。アメリカ人だったようです。50(ミリオンドル)近くになったとき相手がだいぶ時間をかけてきた。こっちはじゃあ51って言えば落ちるかなと。そこで落とせました。もう少し行くのかとも考えてたけれど。オークションの僕の担当者が電話口で代理でビッドしてて、周りは彼が日本語対応の人と知ってるから、マエザワ来たのかーとわかったでしょう」
オークショニア(競売人)はビッダー(入札者)が躊躇したり、降りようとすると、いいのか?いいのか?と食い込んでくる。ハンマーが振り下ろされた音が電話を通して聞こえたという。カタログの表紙になっているようにこのバスキア作品がオークションの目玉だった。5,100万ドルで落札。手数料と現地の税金を乗せて、日本円換算では約62億4,000万円となった。
その前澤さんの自宅を訪ねた。
「あのバスキアは今アメリカでフレームとかの修復をしてもらってるので、まだ届いてはないんです。届いても横幅が5mくらいあるので自宅には掛けられないですけど」
同じオークションで落札したクリストファー・ウールやリチャード・プリンスの作品はすでに到着していてリビングルームを飾っていた。ここまで近現代美術のマスターピースが揃った部屋だとは。集合住宅のメゾネットタイプ。部屋に入るとすぐゲルハルト・リヒターの抽象ペインティング。リビングに下りていく途中には河原温、草間彌生、そしてリチャード・プリンスが。これほどのコレクションを持つに至った背景は?
「昔から建築がすごく好きで、大工さんが家を建てるのを飽きずにずっと眺めている小学生でした。いつか自分でログハウス建てたいとかね。家具もすごく好きで、今はジャン・プルーヴェ(*2)とかジャン・ロワイエとかを集めています」
オフィスのエントランス、
会議室、応接室にも美術品。
自宅にもオフィスにもジャン・プルーヴェのヴィンテージのチェアやテーブル、照明器具が目立つ。プルーヴェの人気はすごいのだが、これほどの数を持ち、普通に使っている事例はないだろう。
それで、絵のコレクションの方は?
「8〜9年くらい前にリキテンシュタインのペインティング(写真とは別の作品)を2億円くらいで買ったのが本格的な始まりです。そのとき、あ、こんな魅力的なものがあってそれが買えるんだと。モチーフも色もすごく好きでサイズも良かった。しばらく会社のエントランスに飾ってました。今はこの家の寝室に掛けてあります」
ロイ・リキテンシュタインを契機に、アンディ・ウォーホルなどポップアートを集めて、そのウォーホルとも親交のあったバスキアの作品が来る。
「バスキアは伝記映画も観ていたし、僕の好きなミュージシャンが作品を持ってたり、会えるものなら会ってみたかったなという憧れの存在です。絵だけでなく、ファッション、言動、彼を取り囲む人たちとかその世界観全部がいいですよね」
同じオークションでジェフ・クーンズ(*3)の作品を落札したことで作家本人が家に来てくれた。そのときはクーンズがラベルを描いた2010年のムートン・ロートシルト(*4)を開け、たこ焼きパーティをして盛り上がったのだという。
居住の空間でも古美術品や
現代アートを眺め暮らす。
一方、ミニマルアートも集めるようになる。ドナルド・ジャッド(*5)とか、河原温とか。
「作品を前にして、最初は理解に苦しむけれど、またその苦しむ自分を楽しんでしまう。河原温の日付絵画を見て、そうだ、日付でいいんだよと」
アートと日常
飾る作品はときどき入れ替える。家具も替えたり、配置を改めたり。見た目に変化をつけるということだけれど、それだけではない。作品から与えられるもの、インスパイアされることが変わってくるのだ。それまでとは違う力を放つ作品を置いてみる。景色が変わると気分も気づきも思考も変わる。日常的にアートといる楽しみの一つだ。
現在の事業もコレクター体質と無縁ではないようだ。少年時代、カブトムシやクワガタを採取したら、譲ってくれと頼まれた。その売り上げを元手にビックリマンチョコのシールやキン肉マン消しゴムを集めて売った。その後、ミュージシャンになってからはレコードやCDを自分のために買う延長で通販で売り、事業にした。
さらに好きなものは何かと辿り着いたのがファッションだった。通販サイトZOZOTOWNは商品取扱高1,595億円を超える。自分が欲しいものを集めセレクトして売るとお金になるという仕組みは変わらない。
しかし、現代美術は違う。これは売るためではなく彼の構想にある美術館設立の準備なのだ。
「美術館といっても、真っ白な四角形の中を展覧会ごとに入れ替えるということじゃなくて、この空間にこの絵のマッチングいいよねというような展示をしたい。展示の核となる建物があって、それはいわば迎賓館的な。そして街なかに点在する形で。ヒューストンのメニル・コレクション(*6)とか、直島の美術館と家プロジェクト(*7)の関係は参考になりますね。千葉県に造ります」
Support
若いアーティストの作品を見て、
話をするのも楽しみ。
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*1:オークションに出品される実物の下見会。通常、オークションが行われる3、4日前に開催される。美術館のようなガラスケースもなく、求めに応じて作品の裏側や底面などを見せてもらえることもある。
*2:20世紀に活躍したフランスの建築家、デザイナー。建築物や家具類の工業化に大きな業績を残した。量産品でありながら芸術的な作風は多くの収集家を魅了する。
*3:アメリカの現代美術家。初期にはコンセプチュアルな作品を発表していたが、しだいにキッチュな作風に変わり、人気。
*4:メドックのポーイヤックの第1級格付けワイン。毎年、有名アーティストの絵をラベルに使うことで有名。シャガール、ピカソ、ウォーホルも手がけている。
*5:20世紀、アメリカで活躍したミニマルアートを代表するアーティスト。工業製品のような箱を反復することが作品になる。
*6:アメリカ・ヒューストンにある現代美術を中心とする美術館。マーク・ロスコの大作を収めた教会などを周囲に持つ。
*7:ベネッセの美術館と香川県直島島内に点在する現代美術展示施設。ジェームズ・タレル、内藤礼、宮島達男らが参画。