全身が刺激される84分の視覚体験
『マッドゴッド』は新作ではあるのだが、製作がスタートしたのは30年以上前。ティペット監督は1990年頃にアイデアを閃き、個人のプロジェクトとしてストップモーション技術を結集させた長編映画をコツコツ製作していた。しかし、時代は特撮からCGへの大転換期。
93年公開で全編CGの『ジュラシック・パーク』が決定的となり、映画界はCG一辺倒に。職人的な高い技術を必要とし、作り込みにも撮影にも時間がかかるストップモーション技術は……。ティペット監督は「俺の仕事は絶滅した」という言葉を吐露し、このプロジェクトは中断してしまった。
製作が再始動したのは、2012年。なんと20年後だ。ティペット・スタジオの若きスタッフが人形やセットを発見し、これは絶対に完成させなくてはと監督に働きかけて企画が再始動。まずは短編を製作し、クラウドファンディングで資金集めをすることとなった。堀監督がティペット監督の名を知ったのは、ちょうどこの時期と重なる。
「映画は大好きだったんですが、特撮やアニメを特別好きで観ていたわけではありませんでした。ティペットさんの名前を意識したのは、『JUNK HEAD』を作り始めた時期。同時期に、『マッドゴッド』がクラウドファンディングを始めていて、短編映画を購入して観ました。その時、本当にびっくりしたのが『JUNK HEAD』の世界観とそっくりだったということ。後に監督と対談した時に、”同じ卵から生まれた”って言われて(笑)。そのくらい感性が似ているなあと」
主人公の、暗殺者と呼ばれる男が荒廃した地下世界へと送り込まれる。手には地図と時限爆弾入りのスーツケース。降り立ったディストピアでは、巨大な怪物が猛威を振るい、暴力と破壊が跋扈する。男が手にした時限爆弾は世界を救う糸口となるのか、それともすべてを終焉へと導くものなのか……。
『マッドゴッド』のストーリーを一言で説明するのは難しい。過去のインタビューで監督は、アメリカの豊かさが多くの犠牲から成り立っていることや自身が特権階級に属する羞恥心を盛り込んだと語る。
また、「目」や「見ること」を暗喩する場面も多く、暴力を人々が笑いながら傍観するシーンは目を覆いたくもなるが、現代の社会の風刺にも思える。そのように、シーンごとにグサリとくるポイントがあるのだ。
堀監督は、本作を観る時には、単にストーリーを追うだけではない心の準備が必要だと言う。
「わかりやすいストーリーはないし、作中にほとんど台詞もない。いわゆるハリウッド映画を観るような感覚の人には、はっきり言っておすすめできません。でもね、クリエイターとしては徹頭徹尾見どころしかない映画なんです。世界観の打ち出し方、作り込みの精緻さ、すべての感覚を総動員した”視覚効果”の技術の高さ。それをこんなにもスケールの大きい長編映画で体験できるなんてと感動してしまいました。また、普通商業映画では、どこかで興行収入のことや世間での評判みたいなことを考えるのが当然なのですが、それがいい意味でまったくない(笑)。本当に監督が好きだと思えることが詰め込まれている。すべてのシーンにその情熱を感じます」
「天国よりも地獄の方に惹かれる」というティペット監督が、50年以上に及ぶハリウッドの視覚効果で培ってきた技術の粋を尽くし、あらゆる地獄の触感や質感、形や在り方に挑戦する。とにかく、そこらの映画じゃ絶対に観られないクリーチャーや建物、質感のオンパレード。
しかも、すべてが”実物”なのだ。実物から感じられるリアリティは計り知れない、と堀監督は言う。
「CGで何でも作り出せる世の中になりましたが、新しい映像体験ってなかなかない。でも、この映画に登場するアナログなモノ一つ一つの存在感は、何百億円かけた大作映画よりもリアリティを持って体感できると思う」