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小西康陽が語る「恋と、レコード。」ボビー・スコットを聴く

これは恋ではなくてただの痛み。「これは恋ではない」は小西康陽さんが作詞作曲したピチカート・ファイヴの曲名であり(1988年)、名コラムニストでもある小西さんが発表した第1コラム集のタイトルであり(1996年)。今回は、2020年版を書き下ろしてもらいました。

Illustration: Yoriko Hoshi / Text: Yasuharu Konishi / Edit: Izumi Karashima

「これは恋ではない」
文・小西康陽

これは恋ではない。そう否定するのはつまり本当の気持ちを見抜かれ、図星を突かれたからだ。いままでに何度も恋におちたけれども、いまだに正しい打ち明け方だとか、紳士的なゲームの降り方といったことはさっぱりわからない。

ただ、何度か恋をして、ひとときのよろこびとか、あるいは長い苦しみを経験したいまでは、だれかと出会ってじぶんが恋におちてしまった、ということはもちろん一瞬でわかる。ああ、また「ひと目惚れ」がやってきた。それはひどく疲れた日の翌朝、とつぜん脚に走るこむら返りの激痛で目覚めるのと似ている。あたたたた。

「蜜の味」という曲を作ったボビー・スコット、という音楽家が1976年に発表したレコードをくりかえし聴いている。1994年の初CD化では解説原稿を書いたが、当時はその経歴をほとんど知らずにいた。しかしその後もレコードを集めるうちに、この人がすこしずつ音楽の軸足を動かし、多彩な活動をしていたことが判った。

1950年代半ば、弱冠18歳のジャズ・ピアニストとしてデビューしたが、まもなくジャズにとどまらぬスコアを書き始め、さらに1960年代には自作自演の歌手としての活動を始める。

自らのハスキーな声に合うと判断したのか、その音楽はリズム&ブルースやゴスペルに強く影響を受けたもので、彼の「チェイン・ギャング」「オー・ジョシュア」といった楽曲はいわゆる「ポップコーン」の代表作として、とくにヨーロッパの聴衆の間で好まれた。2015年、『フロム・エデン・トゥ・キャナーン』というアルバムが再発された折に、そうしたキャリアについてライナーに加筆させてもらった。

ところがボビー・スコットにはさらに別の顔があった。それはフォーク歌手、あるいはフォークをレパートリーとするポップ歌手のレコードの編曲者・プロデューサーとしての仕事で、じぶんはこの人のそうした作品の多くをLPレコードで所有していたにもかかわらず、あの’76年の名作と結びつけることなく、ただ漫然と聴いていたのだった。

Bobby Scott『From Eden To Canaan』
『From Eden To Canaan』Bobby Scott

ある日、フランク&トニーというフォーク・デュオのレコードを聴いていたときだった。このアルバムの「イントゥ・ア・シング」という表題曲には聴き覚えがあった。なんのことはない、それは例のアルバムで、驚いてアルバムのジャケットを見直すとプロデュースにはボビーその人のクレジットが。そしてレコード棚の同じコーナーに眠っていたジェシ・コリン・ヤングの初期の2作品も、やはり制作者として同じ名前がある。

調べてみると、彼が制作に関わったアルバムは部屋のレコード棚の、比較的近い一角に集中していた。女性歌手、ティミ・ユーロの1964年作。ギターを弾き、か細いソプラノでフォーク・ソングを歌うオリール・スミスの、やはり’64年の処女作。

ヴェテランの女性フォーク歌手、ボニー・ドブスンの’64年のアルバム。ギリシャが生んだ世界的なスター、ナナ・ムスクーリが英語で歌った’65年の傑作アルバム『ナナ』。イスラエル出身のエスター・オファリムがジャジーな選曲で歌った’65年のソロ第2作。

英国の姉妹デュオ、スー&サニーの’69年のアルバムでは作編曲のみならず、ボビー・スコットは渋いヴォーカルも披露している。そしてブリティッシュ・フォークにおける伝説的な名盤のひとつ、キャサリン・ハウの’71年のデビュー・アルバム。

長らくコレクター垂涎の稀覯盤として知られるこの作品、当然ながらじぶんの所有しているのは再発盤だが、この幻の名盤とボビー・スコットの名前がまるで結びつかずにいた。片や英国フォークの至宝、片やニュー・ヨークで活動するジャズマンという認識である。

しかしその音楽はナナ・ムスクーリの名作『ナナ』のみごとな発展形であり、さきに掲げた何枚かのアルバムには一貫した美意識を見出すことができる。そしてキャサリン・ハウの『ホワット・ア・ビューティフル・プレイス』こそはボビー・スコットの「フォーク時代」の集大成だと考えるに至った。

だが去年、この不世出の名盤の前に、やはり同じ音楽家が手がけたひとりの女性歌手のアルバムが存在することを知った。eBayに出た一枚のアセテート盤。白いスリーヴには手書きで『Dandelion』とだけ記されている。出品者であるUKのディーラーによるコメントには「ボビー・スコット作編曲」「ジュディ・コリンズ、サンディ・デニーの影響」などとあった。めずらしいレコードにしては格安だったので落札してみると、それは興味深い内容だった。

なんとアルバムの大半がキャサリン・ハウのデビュー作に収録されている曲なのだ。キーや曲の長さもほぼ同じだが、そこにはあの美しいオーケストレイションはない。まさしくデモ集。例の曲間に収められた詩の朗読は一編のみ、ピアノの演奏だけを伴って収録されている。はたしてヴォーカルは可憐なメゾ・ソプラノながら、キャサリン・ハウの声とは違った。

1969年の夏、ボビー・スコットは欧州に長期滞在していた。英国のザ・ホリーズが「兄弟の誓い」という曲を歌い、それは彼にとって「蜜の味」以来の大ヒットとなって、多くのレコード会社から引き合いがきたので、休暇も兼ねてヨーロッパを訪れたのだ。契約していたコロンビア・レコードの重役陣からも、有望な新人がいたら引っ張れ、と頼まれていた。

ワイト島の音楽祭は逃したが、ケンブリッジのフォーク音楽祭には足を運んだ。ひと通り観て目ぼしいタレントは皆無だったものの、偶然会ったEMIレーベルのスタッフに誘われるまま舞台裏の屋外食堂における閉幕パーティーに顔を出したとき、運命の女性と出会った。

丈の長い、淡いグリーンのドレスは近づいてみると透けるような生地で、その内側の長い脚は美しかった。素足に革のサンダル。長い茶色の髪に小さな花で編んだ髪飾り。つまり’69年夏の流行だったヒッピー・ルックをソフトにしたスタイル。ただ年齢が判らない。音楽家はなぜか無声映画『イントレランス』に出ていたミリアム・クーパーという女優を連想する。細面で翳りのある美貌。はじめまして。あなたも歌手なんでしょう。

ええ、きょうのステージで早い時間にすこしだけ歌ったの。ギターはいつも友だちが伴奏してくれるの。’64年から歌っているのよ。でもまだアマチュアなの。

ぼくはレコードを作る仕事をしている。一発だけ、ヒット曲を出したことがある。「蜜の味」って知ってる?

ワオ、その曲なら以前、レパートリーにしてた。あなたが作った曲だなんて。ビートルズも歌ってたじゃない。あなたはお金持ちなの?

彼女をその夜のうちにじぶんの泊まった宿に誘わなかったことを音楽家はその後ずっと後悔することになる。結婚している、と言っていたから。ロンドンに戻ってすぐ、音楽家はあらためて彼女にコンタクトを取り、一緒にアルバムを作らないか、と誘う。彼女もまた、いままで音楽を続けてきたけれど、ようやく光明が見えた、と話した。ダンデライオン、というのが、彼女のステージ・ネームだった。

旧知の音楽出版社の男に話をつけ、小さなスタジオで2曲のデモを録音した。1曲はディランの「時代は変わる」をチェンバロの伴奏で。そしてもう1曲は自作の「蜜の味」を、こちらはぐっと速いテンポで。

正直なところ、歌は可もなく不可もなし。それほど個性的ではなかった。新奇なアーティストが次々と登場するこの時代に、彼女の歌は中庸に過ぎるのではないか。いや、じぶんが作りたいのは真夜中にひとりで聴きたくなるようなレコードなのだ。美しい女性を支配したいという感情を、音楽家はそのように置き換え、心の平静を保つよう努めた。

彼女のための新曲は、次々と生まれた。いずれも静謐な曲調で、メロディも彼女の狭い音域に合わせておだやかな運びとなるように注意深く書いた。曲ができると音楽家は歌手に連絡を取り、午後のお茶の時間を共にした。

ところがデモ・テープには反応がない。音楽業界の知り合いにはひと通り配ったが、誰も手を挙げない。歌が弱いのか。芸名が流行遅れなのか。彼女の年齢がネックなのか。あるいはじぶんのネーム・ヴァリューがもはや通用しないのか。移り変わりの激しい音楽業界で、ザ・ホリーズの去年のヒットなど簡単に効力を失う。

その去年のヒットの印税で、音楽家は彼女のアルバムのデモを作ることにした。レコード会社が決まらないなら、じぶんで原盤を持つしかない。すでに曲は揃っている。急がないと、時代は変わる。知り合いの演奏家たちを雇い新曲を8曲、録音した。さらに自らピアノを弾いて、彼女が詩を朗読するトラックをひとつ。そして以前に吹き込んだ「時代は変わる」と「蜜の味」を加えて11曲のデモンストレイション盤を完成させたのは1970年の秋だった。

工場から届いたサンプル盤と薔薇の花束を抱え、音楽家は歌手の待つレストランに向かった。完成を記念して祝杯をあげ、花束を渡して想いを打ち明ける。一緒にニュー・ヨークに行かないか。しかし彼女はノー、と言った。
食後のコーヒーのとき、音楽家は以前から思っていたことを口にした。もしきみがデビューすることになったら、そのダンデライオンという名前は変えたほうがいい。ご忠告ありがとう。

そこで音楽家の恋は終わる。翌年、アセテート盤を聴いたという若い男が連絡を取ってきた。詩の朗読がいちばん魅力的だった、というその青年は、よかったらこちらが準備している若い女性歌手のためにこのアルバムの曲をくれないか、という。

あの日以来、彼女には連絡をとっていない。ディランの曲と「蜜の味」はもちろん割愛し、さらに3つの新曲を準備して、詩の朗読も増やした。きみのわがままを聞いたのだからと、新人のデビュー盤としては豪華すぎる編成のストリングスを加え、キャサリン・ハウという歌手のアルバムは完成した。けれどもやはりセールスは惨敗し、この作品が現在の評価を得たのはリリースから20年近く後のことだった。

音楽家 小西康陽 イメージイラスト
絵・ほしよりこ/「彼らは無言です。窓の外は雪です」とほしさん。小西さんを描くのは今回が初。

小西康陽の「恋の、答え。」

小西さんが唸った
「恋を描く映画」

「井上和男監督『熱愛者』。ある日突然美しい女性と出会い夢中になり、やがて飽きる。スウィートで身勝手な日本映画史上最高の王子様を演ずるは芥川比呂志。主演・岡田茉莉子のプロデュース作です」